『キャピタリズム~マネーは踊る~』

マイケル・ムーアの新たな標的とは?

『キャピタリズム~マネーは踊る~』
監督/マイケル・ムーア/配給:ショウゲート/公式サイト:http://capitalism.jp/
12月5日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 梅田にて限定公開。2010年1月9日(土)より全国拡大ロードショー
(C)2009 Paramount Vantage, a division of Paramount Pictures Corporation and Overture Films, LLC(画像クリックで拡大)

 『2012』のように非現実的なレベルでなくても、生き残るために闘い続けている人々は現実社会にも大勢いる。ドキュメンタリー映画『キャピタリズム~マネーは踊る~』を見れば、それもよく分かるはずだ。

 監督のマイケル・ムーアは『ボウリング・フォー・コロンバイン』で銃規制問題を、『華氏911』で同時多発テロ以後のブッシュ政権を、『シッコ』で保健医療制度を告発したドキュメンタリー作家として知られている。そんな彼がここでやり玉に挙げたのは、現代の資本主義制度。本来、資本主義は競争原理に基づいているものだが、それがどんどん不健全な方向に向かっており、世界恐慌ともいえる現在では強者が勝ち逃げできるものにすり替わってしまった。勤勉であることは報われず、正直者が馬鹿を見る世の中。児童福祉のお題目を唱える影にも、甘い汁を吸っている連中が確実に存在し、道徳を無視した金儲けさえ容認され、その結果、貧富の格差だけが広がってゆく。これが資本主義の理想と言えるだろうか? 本作は、そんな米国社会の断面を見せつけるのである。

 シリアス一辺倒に思えるかもしれないが、ムーアのドキュメンタリーはつねに娯楽性を意識しており、シニカルなユーモアや、感情に訴えるポイントが息づいている。ムーア本人がウォール街に足を運び“俺たちから吸い上げた金を返せ!”と訴えるパフォーマンスは笑えるし、ローンが払えず住み慣れた家を追われる家族の悲哀や、そんな社会的な弱者のために立ちあがろうとする人々の姿に胸が熱くなる。

 そしてこの映画が何より強く訴えるのは、世の中が間違っていると思ったなら、一人ひとりが声を上げなければならないということ。経営者も含めたすべての労働者が平等で、対等に意見を言い合える工場を紹介したり、低賃金やリストラなどに反発してストを決行して要求を通した労働者たちの体験も紹介されるが、これはまさしく行動の勝利といえる。

 飲み屋で愚痴っているだけでは決して解決しない問題を、自分たちで変えようとする勇気を与えてくれる本作。何も変わらないと考えてニヒルに振舞うのは、決して利口とは言えない。地元の仲間の結束を固め、マスコミを利用するといった、市井の民には市井の民の“戦略”があることを、本作は改めて教えてくれるだろう。

(C)2009 Paramount Vantage, a division of Paramount Pictures Corporation and Overture Films, LLC(画像クリックで拡大)

 

マイケル・ムーア監督インタビュー
「私利私欲のためにビジネスに携わってはいけない!」

初来日の記者会見は東京証券取引所で行われた。ゲストとして自らも株に投資しているタレントの小倉優子が登場した(画像クリックで拡大)

 映画『キャピタリズム~マネーは踊る~』のプロモーションのために来日したマイケル・ムーア。驚いたことに、プライベートも含めて今回が初めての来日という。会見で日本人について聞かれると「とてもフレンドリーでナイスな方々」とその第一印象を語ったが、実際には空港で荷物が積み残しされたり、指紋の捺印を強要されたため理由を尋ねると、別室に連行されるなど“手荒い祝福”も受けたようだ。

 本作は行き過ぎた“金融資本主義”“格差社会”がテーマ。リーマン・ショック後の報道で、米国の金融機関のCEO(最高経営責任者)たちが莫大なボーナスを手にしていたことが明らかになり、非難を浴びたのは記憶に新しい。一説によれば、米国のCEOは自社従業員の平均給与の400倍も報酬を得ているらしい。ちなみに日本は17倍で、米国ほどの格差社会にはなっていないのだが、今後はどうなるか分からない。日本のビジネスパーソンはどのように行動すべきなのか。

 「あらゆる意味でビジネスに携わる人間は、(そのビジネスが)良いことであるのか? 社会のために正しいことであるか? または私利私欲のためだけのものではないのか? という点を自分で判断することが大切です」

 正直なところ、この答え自体にオリジナリティーは感じない。しかし、この言葉に至ったマイケル・ムーアの人生や覚悟のようなものを理解すれば、この答えにはものすごい重さが出てくる。というのも、アカデミー賞の授賞式の壇上でイラク戦争を非難してから彼には数々の困難が訪れたからだ。脅迫だけでも恐怖心をあおるのに十分だが、爆弾を作っていたイリノイ州の男性が、爆殺すべき人間のリストにマイケル・ムーアを入れていたなど、生命の危険とも戦ってきた。

 「以前、私は恐怖心を克服するのが下手でした。しかしながら、あるときから『今晩、人生が終わったっていいじゃないか』と思えるようになりました。映画という芸術を通して、社会に貢献もできましたし、カワイイ娘も育てることができました。失うものは何もないと吹っ切れたのです。不思議な安心感、心のやすらぎ(マイケルはPeaceという言葉で表した)を得たのです。もし、殺されたとしても私は素晴らしい人生を送れた。だから、殺人者は私から何も奪うことはできないと」

 本作をこれまでの延長ではなく集大成と位置づける、マイケル・ムーア。米国社会に潜む深刻な間違いや不公平さの根源が何なのか? おそらく彼には理解できたのだろう。そして、本作ではそれを明らかにした。そこから導き出された解決策の一つが、前述した通り「私利私欲のためにビジネスをしてはいけない」という、頭では分かっているが、実践するのは難しい、究極の真理だったのではないだろうか。

 マイケル・ムーアは彼の作品の中で時折、日本に触れることがある。基本的には日本は正しい行いを実践する国として描かれることが多い。

 「私はこれまで自分の著作や映画の中で、日本に対して尊敬の念を持っていました。日本は正しいやり方を行っていると。もちろん、それは私が日本に住んでいないから言えたのだと思います。しかし、日本人の多くは、病気になって医療を受けたとしても『貯蓄が無くなってしまう』『家が無くなってしまう』という恐怖心は抱かないと思うのです。ところが、米国で自己破産になる理由の1位は医療費が高すぎて払えない、というものです。なぜ日本人は、誰かが病気になったら助け合い、保険制度もしっかりしているのだろうと考えたところ、それは社会的にセーフティネットを構築しているからだと思います」

 「残念ながら、日本でも米国と同じような問題が起こり始めていて、犯罪率や失業率が高くなっています。私の若いころの日本企業は、会社で誰かをクビにすることは“会社の恥”と考える時代だった。ですから、米国の真似をしようといった考えは捨ててください。“Be Japan!”、日本でいてください! 教育が大切だと分かっていた日本でいてください、解雇はしないと言っていた日本でいてください、他国を侵略しない、侵略する国をサポートしないと言っていた日本でいてください」

 『キャピタリズム~マネーは踊る~』は、マイケル・ムーアのこれまでの作品同様に、深刻なテーマを独特のユーモアで包んでおり、エンタメ性も高い。このため、さらっと観ることもできてしまう。しかし、本作に登場する、家を奪われた人、悲惨な労働状況で働く人、ストなどで会社と戦っている人、どれもが将来の自分の身にも起こりうることだと考えれば、本作はビジネスパーソンにとって働くことの意味を今一度振り返る絶好の機会を与えてくれるはずだ。

マイケル・ムーア
1954年ミシガン州生まれ。自動車工場労働者の息子。86年に失業を経験し、故郷のミシガン州フリントがゼネラル・モーターズの大量解雇で揺れる様子をドキュメンタリーにしようと決意。映画作りを学んだ友人たちを集め、89年に『ロジャー&ミー』を発表する。その後も米国が抱える問題についての作品を精力的に発表し続ける。02年、米国の銃社会を題材にした『ボウリング・フォー・コロンバイン』でカンヌ映画祭特別賞、アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。04年にはブッシュ政権の実態を描いた『華氏911』でカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを獲得した。また07年には米国の医療問題に踏み込んだ『シッコ』を公開し、ドキュメンタリー映画としては全米映画史上2位の観客動員を記録した。(画像クリックで拡大)

(文/渡貫幹彦=日経トレンディネット)