ほぼ日手帳を生み出した糸井重里氏にインタビュー。糸井氏が考える手帳の意味から、なぜ「ほぼ日手帳」を作ったか、新しい大判のカズンへの思いまでを語ってもらった。
1年前のインタビューで聞いたのは、かつて糸井さんは文庫本に直接予定を書き込んでいた、それが「ほぼ日手帳」の原点だったという話です。それは、枠組みがない、とても“自由な手帳”だったわけです。そこに、カレンダーとか時間軸とか、さまざまな枠が付くと、手帳という“商品”になるんだと思います。手帳を選ぶ際、その自由度と枠組みとのバランスが、一つのポイントなんでしょうか。
糸井「そうですね。そもそもなぜ手帳が必要なのかという話をすると、みんな一人で生きているわけではない、誰しも社会とつながって生きている、ということが根本にあると思います。もし一人で生きているのなら、手帳なんて書く必要はありませんから。その状況は自由ではあるけれど、怖いことですよね。そして、現実には、みんな他者との関係の中に存在している。自分だけの世界と、社会という群れとの関係と、それが自由と枠という関係なんだと思います。手帳に時間があったり、日付があったりするのは、自分が他人と一緒に生きていることの証拠なんです」
手帳は、群れのためのものだったのですね。
糸井「そうです。元々、手帳というのは、何時に何の予定があるか、というのを確認するためのものでした。つまり他人との関係だけで成り立っていて、自分の自由な部分はほとんどなかった。それは、辛いことだと思うんです。昔、携帯電話が普及する前、ポケベルってあったの知っていますか。あれを会社に持たされていた人は、『オレは人に必要とされている』と喜んでいる人がいる一方で、『こんなものを持たされている』と怒る人もいました。元々、手帳にもそんな要素があって、『あんたの自由には生きちゃいけないんだよ』といっぱい書いてあったわけです。でも、ほぼ日手帳を使ってくださっている人のなかには、日付があるのを無視していろんなものを貼っている人がいたりします。ほぼ日手帳は、個人のためのホワイトスペースをたっぷりにして、『あなたはどうしますか』と質問しているような手帳なんだと思います」
そんなホワイトスペースに代表される「個人性」と、時間枠に代表される「社会性」の間にいろんな手帳があるんですね。
糸井「例えば『超整理手帳』や『能率手帳』は社会寄りでしょう。『夢がかなう手帳』にしても、テーマは他者との関係だから社会性は強い。その点、僕らは、最初から『ほぼ』と書いてしまっている(笑)。個人寄りというか、ほかの手帳とは比べようもないというか...」
でも、社会との関係も意識していますよね。
糸井「そうなんです。『日』というのは社会ですから(笑)。ほんとは日付がなくて全部白紙で、みんなが自由に振舞って、それでも上手くいく社会は理想です。そんな夢の国を思い描きながら、でも実際にはこれくらいじゃないかという判断をしているんでしょうね、僕は。だから、ほぼ日手帳を僕らの想像以上に自由に使っている人を見たときにうれしくて笑いがこみ上げてきます。でも、白紙だと、きっと励みがないんじゃないかと思うんです。寝て起きてというリズムは意外に重要。そういう公と私が程よく交じりあって生きている人は、この手帳が手放せなくなるみたいです」











