ジャネット・ジャクソンへのオマージュ

 かつて近田春夫は、4人組の女性グループSPEEDが人気絶頂のなかで解散した理由を問われて「そりゃ、宇多田ヒカルが出てきたからでしょ」と喝破したが、私もこの意見に全面的に同意したい。なにしろ宇多田の登場によって、それまで「ディーバ=歌姫」と呼ばれて活躍していた女性シンガーのほとんどが、単なる「歌手」へと成り下がってしまったのだから。

 もちろん私は、作曲家こそが優れた存在で、歌手はそれよりも劣る者だなどとはまったく思っていない。しかし繰り返すが、問題は大衆の抱くイメージなのだ。ここはそうした問題を論じる場ではないので詳述はしないが、宇多田ヒカルの登場は、日本の芸能史のなかでとてつもなく大きな出来事なのだと思う。そこには、日本人がいまだに抱いている欧米へのコンプレックスや、モダンアート的なものへの信仰のようなものが、きわめて明確なかたちであらわれている。

 さてでは、宇多田の登場などによって、自分の内なるアーティスト指向を自覚した安室奈美恵は、具体的にはどのような音楽を作り上げていったのだろうか?

 かねてから安室は、自分の最も好きなミュージシャンはジャネット・ジャクソンであるということを公言している。したがって当然、小室を切り離してからの彼女の音楽は、ジャネットを範としたものになっていく。