2005年、『星の王子さま』の著作権保護期間が終了したことに伴って、複数の出版社からさまざまな翻訳者による新しい訳が登場し、“新訳ブーム”のさきがけとなった。また、村上春樹による名作の新訳も話題を呼び、各出版社が次々と新訳本を発売している。新訳本の魅力はなんといっても読みやすいことだが、その裏には編集者の個人的な実感に基づいた工夫が凝らされていた! オススメの新訳本を紹介するこの特集を機に、新たな読書体験をしてみてはいかがだろうか。

(文/ 萩原まみ 構成/ 根村かやの)

 『カラマーゾフの兄弟』の新訳が爆発的に売れている。本が売れないと言われるなか、全5巻の累計が80万5000部だというから驚きだ。新訳『カラマーゾフの兄弟』は、2006年9月にスタートした「光文社古典新訳文庫」からの刊行で、同文庫のなかでも突出した売れ行きを見せている。ここまでの大ヒットではないが『ちいさな王子』『飛ぶ教室』『赤と黒』『幼年期の終わり』『リヤ王』など版を重ねている作品も少なくないという。

 また、2007年11月には河出書房新社が新訳を多く取り入れた「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」の刊行に乗り出した。こちらはハードカバーにもかかわらず、初回配本の『オン・ザ・ロード』が3万部を突破するほどの人気だ。次ページ以降で具体的に紹介するが、村上春樹が新訳に挑んだ作品も順調に売れており、『カラマーゾフの兄弟』だけではない、新訳ブームが起きていることが分かる。

 火付け役の一人、光文社古典新訳文庫編集長の駒井稔さんによると、自分自身もずっと「翻訳ものは読みづらい」と感じてきて、その原因を徹底的に排除することにこだわったという。いちばん重要なのは訳文の読みやすさだが、単に現代風にするだけでなく、翻訳者とよく話し合い、「以前は、原典が難しいから分からない、と思っていた点をとことんかみ砕いて分かりやすくした」。装丁や文字の大きさにも気を配り、改行を増やす一方で、持ち歩きやすいように上下巻に分けるといった工夫も。長編の場合は登場人物の名前を入れた栞(しおり)をつけ、最終巻の最後ではなく各巻に用語解説を含む読書ガイドを収録。解説、著者年譜、訳者あとがきなど、作品の理解を助ける周辺情報も充実している。

 光文社以外の新訳も、ソフトとハードの両面から「読みやすく」作られていて、ストレスの少ない気持ちのいい読書体験ができる。新訳の多くは、時代を超えて愛読され、生き残ってきた普遍的な名作だ。つまり、ハズレが少ない。忙しい大人が限られた時間に読むに値する作品がそろっているのだ。それでも、どれを読もうか迷ってしまうという人のために、数ある新訳のなかから特にオススメのものや話題作を厳選、カテゴリーに分けて紹介してみた。読み比べ体験ができるよう、新訳と旧訳の同じ部分を引用した作品もあるので、ぜひ参考にしてほしい。

(注:引用個所は版によって表記などが異なる場合があります)

Part1 人気作品を人気作家が新訳すれば[村上春樹翻訳の4作品]『ティファニーで朝食を』『ロング・グッドバイ』など Part2 再読派も「実は読み損ねていた」派も、新訳でどうぞ[名作・定番の4作品]『武器よさらば』『チャタレー夫人の恋人』など Part3 現代的な新訳なら、全4巻・全5巻もこわくない![大長編の3作品]「カラキョー」=『カラマーゾフの兄弟』など Part4 あの名画の原作が読みたい[映画化で知られる4作品]「ソンカル」=『存在の耐えられない軽さ』など Part5 作家の魅力をまるごと味わう[3作家の新訳全集]チャンドラー、ドイル、シェイクスピア Part6 大人になった今こそ読みたい[童心に帰る3作品]不思議の国のアリス、トム・ソーヤー、星の王子さま