広川太一郎さんが亡くなられた。享年69というのは、いかにもお若いし残念至極である。広川さんのお仕事全体に関しては詳しいデータサイトがあるので、そちらを参照していただくとして、ここでは筆者の極めて個人的なテレビ史に絡めて、幾つか代表的な吹替作品を紹介していきたいと思う。

 そもそも筆者が「映画秘宝」誌で連載(現在は不定期掲載)していた吹替に関するコラムのタイトルは「とり・みきの広川太一郎主義」という。ではなぜ広川さんのお名前を戴いたのか。

 吹替と字幕はどちらがいいか、などという不毛な論争をよく見かける。これはどちらにも一長一短あるというべきで、たとえば元の俳優の声を楽しみたい人は、それだけで吹替なんてNGだろう。いっぽう、セリフの情報量を考えると、字幕では吹替の半分も原語のニュアンスを伝えられないし(もちろん、だからこそ苦労の末、数々の名字幕も生まれたわけだが)また画面にも集中できない。純粋にお話を楽しむには断然吹替のほうが有利といえよう。要は映画への接し方や楽しみ方に応じて選べばいい話なのだ。どちらが上というより、字幕にも名訳と迷訳があり、吹替にもいい吹替とダメな吹替があるだけである。

 一口に吹替といってもテレビ創生期からの歴史があり幅もある。「楽だから」という理由からもう少し踏み込んで観て(聴いて)みると、名をなしている声優さんにはそれぞれに「芸」があることに気づく。原画の面白さプラスそういう吹替芸自体にも注目すると、日本語版の楽しみは、より増すことだろう。そして、そういう吹替芸を、ある意味究極まで極めたのが広川太一郎さんだったのである。