2007年に『レイトン教授と不思議な町』でパブリッシャーへの参入を果たしたレベルファイブ。それまでディベロッパーとして手がけた『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』などで見せた開発力は、自社ソフトでも遺憾なく発揮され、『レイトン教授』シリーズは、2007年を代表する大ヒットタイトルとなった。レベルファイブが早期にパブリッシャーとして成功できた理由は何か。そして有力メーカーの一角に食い込んだ同社が次に目指すものは――。同社の日野晃博社長に話を聞いた。(聞き手:中村 均)

――パブリッシャーに参入した2007年のビジネスの状況はどうでしたか。

レベルファイブの日野社長

日野氏:まず、年末年始の商戦では自社タイトルでシリーズ第2弾となる『レイトン教授と悪魔の箱』(ニンテンドーDS向け)をリリースしました。1作目のヒットが奏功したことから、当初から僕らの予想外の受注数をいただき、社の売り上げに大きく貢献するタイトルとなりました。

 2007年全体を振り返ってみても、『レイトン教授』2作品の合計で、約170万本以上の出荷が実現できました。パブリッシャー事業を始めてまだ1年目なのに、こんなにいい結果を残させてもらっていいのだろうかと、改めてびっくりしています。

 この結果に至るまでのプロセスについては、いろいろと反省点が多いのも事実です。ただ、幸いなことに、多くの方々にうまくフォローしてもらうことができ、何とかパブリッシャーの一員として、先行する企業の皆さんの仲間に入れたのかなという手応えを感じています。今後もディベロッパー事業と共に、パブリッシャー事業もさらに成功できるように戦略を考えて進めていきます。

――昨年は、ディベロッパーとして大きなプロジェクトを抱える一方で、パブリッシャーとして業界が驚くような仕掛けを次々に繰り出していきましたね。そこに不安はなかったのですか。

日野氏:不安は、ほとんど感じていませんでしたね。少々あったとすると、1作目の『レイトン教授と不思議な町』をリリースするときでしょうか。自社タイトルを送り出すのは、初めての経験でしたから、若干「どうなるのかな……」という気持ちはあったように思います。

 でも、このタイトルが好調に滑り出してからは、不安を感じるどころか、新しい取り組みが楽しくてしょうがありませんでした。具体的には、ゲームの声優キャストを呼んだ大規模な発表会や、「東京ゲームショウ2007」で実施した“DSソフトの体験版配布”がその取り組みの1つです。

 反省点は多々ありますが、このようにゲームマーケットに対していろいろな“挑戦”をさせてもらい、その結果は僕らにとって貴重な経験となりました。

2007年11月に発売され、年末年始商戦で大きなセールスを実現した『レイトン教授』シリーズ第2弾『レイトン教授と悪魔の箱』
(C)2007 LEVEL-5 Inc.

――パブリッシャーになって大きく変わったことは何でしょう。

日野氏:今まで僕がディベロッパーの視点で見てきたゲーム業界と、パブリッシャーの視点で見るそれは、見え方が大きく違っていて、これは新鮮で面白く感じましたね。例えば、(開発の立場と、売る立場では)仕事で付き合う人たちが変わります。当然、手にする情報の量や質も変わってきます。

 ディベロッパー事業だけのときは、情報を得る場がソフトをリリースされるパブリッシャーの担当者の方との付き合いに限られていました。それ以外では、各種の会合などで会うクリエーター同士の情報交換くらいでしょうか。

 それに、ディベロッパーとして手がけたソフトは、僕らの権利物ではないので、我々が前面に立って、作品のビジネス展開について考えることも、話すこともありませんでした。

 一方、パブリッシャーは作品の版元ですので、ゲームのマンガ化をはじめ映画化やアニメ化などのときに、さまざまなメディアの方たちと話し合いをして、作品の展開を考えていくことになります。この部分が大きく変わりましたし、すごく楽しいですね。

 「アニメの世界や映画の世界って、こうなっているんだ」という具合に、新たな発見がありましたし、いろいろな経験ができました。今では僕がマンガやアニメのプロットを書いているんですよ。しかも、ゲームの企画と同じフォーマットで書いたものが、アニメなどの制作でも通用しているんです。これも1つの発見でしたね。

 このように、ゲームを作っていながら、ゲーム以外の世界にも、かかわることができる立場の変化が、何よりも大きいと思います。