選挙は「エンターテインメント」?

 4年に1度の大イベントといえば、オリンピックとサッカーのワールドカップ。でも米国では忘れてはいけない「大統領選挙」があります。これがまた、候補者が立候補してから11月に行われる「一般投票」で次期大統領が決まるまで、軽く1年はかかるという長期レース。せっかちな日本人だったら、途中で絶対に飽きてしまいます。

 ところが一般の米国人、周囲を見回すと政治に興味のある人がゴロゴロいます。彼らにとって大統領選挙は“おいしい”話のタネ。じっくりと、その動向をチェックしているのです。しかも、若い世代にまで政治が大好きな人たちが多いのにはビックリ! それこそ高校生・大学生のころから支持する政党を明確に持っていて、さらには自分がサポートする候補者のために、活発にボランティアをするという人々も珍しくありません。

若い女性たちも候補者について話し合っていました(画像クリックで拡大)

 もちろん、政治に全く興味なしというタイプもいます。でも、政治を熱く語る“オタク”が珍しがられたり、煙たがられるという雰囲気はありません。むしろ、政治に造詣(ぞうけい)が深いことや有権者であることは、米国人にとっては一種の「大人のステータス」として認識されているような印象を受けるのです。

 政治好き=大人。これは、もしかしたらお酒やタバコと一緒のコンセプトなんだろうか……?(笑)

 しかし、単に「ステータス」というだけで、政治がこれほど注目されるというのは、なんだか結論付けが甘い。なぜ米国人は政治を語るのがこんなにも好きなのだろう? 何かほかに理由があるに違いない。

 うーん……気になった筆者は、いわゆる「政治オタク」の友人をケーススタディーしてみました。大学を出たばかりで現在デザイン会社に務める、新米OLのジュリーちゃん。彼女は米国人にしては物静かで、押し付けがましいところが全くない人柄です。ところがジュリーちゃん、政治の話になると途端に瞳がキラキラしてきて、かなり深く、そして熱く語り始めるという、面白いキャラクター。なんだか本当に楽しそうです。

政治が大好き? ジュリーちゃん(実物はもっとかわいいの〜!!)(画像クリックで拡大)

 そんな彼女の様子をじっくりと観察していると、あることに気が付きました。米国人が政治や政治家のことをシリアスに語っている部分は意外と少ないということ。何か面白いモノを見るような目線で、そう、ぶっちゃけた話、エンターテインメントとして扱っているようなのです。ポリティクスは「笑いのネタ」や「皮肉の対象」であり、「全国高等学校野球選手権大会」であり、そして「紅白歌合戦」であるのです。