『エキストラバージンの嘘と真実~スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界』(トム・ミューラー著、実川元子翻訳、日経BP社発行)は、次の電子書籍書店でご購入できます。
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 読んでしまったらもう二度と、焼き立ての香ばしいパン片手に「このオリーブオイル、おいしいね!」なんて無邪気に笑えなくなるんじゃないか。そんな警戒心を抱きながらページをめくっていったのだが、結果は真逆だった。

 どうやら、本書の著者や、彼が世界中を飛び回ってインタビューした業界関係者たち同様、エキストラバージンオリーブオイルの奥深い世界に心底魅せられてしまったようだ。

 著者トム・ミューラー氏はニューヨークタイムズ・マガジン、ナショナル・ジオグラフィックなど中心に取材・執筆活動をしており、「ベスト・アメリカン・サイエンス・ライティング」に選出されたこともあるジャーナリスト。全編通して強く印象に残ったのは、観察力、そして描写の緻密さだ。取材相手の容貌や表情、オリーブ農園の収穫風景──、写真一枚とて挿入されていないにも関わらず、読み終わるとなぜだか2時間もののドキュメンタリー番組を見たような錯覚に陥る。

 オリーブオイルについて、あまりにも自分が無知だったことにも気付かされた。

 日本は今、米国・イタリア・ブラジルに次ぐ世界第4位のオリーブオイル輸入大国なのだそう。しかしながら一般家庭の食卓に定着したのはまだ最近のことで、使われる料理も限られている。少々古い話で恐縮だが、オリーブオイルというと今でも思い出すのは、1994年ナポリで開催されたサミットだ。当時、高齢で首相となった村山さんが下痢に襲われた原因を「オリーブオイルか」と報道した日本のメディアに対し、地元イタリアからブーイングが起こったとか。イタリアの食文化の中心的存在でもあるオリーブオイルを…というような話だったかと思うのだが、実際にこの本を読んで納得した。

 地中海沿岸諸国においてオリーブオイルと人との関係ははるか数千年前も昔から始まっており、しかも単なる「食材の一つ」ではない。人々の暮らしに絶対的に不可欠な特別の存在だった。

 オリーブオイルは古代から、単に重要な食べ物であっただけでなく、人々の生活文化を向上させ、人と神とをつなぐ命の絆だった。ギリシャ神話の英雄であるオデュッセウスは、船が難破した後、疲労困憊し潮にまみれた体をオイルでぬぐった途端に、神々しい美男子に変身した。悔悛したマグダラのマリアは、家中をその芳香で満たすほど大量のオイルを使ってキリストの足を清め、自分の髪でぬぐった。(中略)ノアの箱舟に鳩が戻ったときにくわえていたのはオリーブの枝で、これは神が洪水後に人間を許したというだけでなく(古代ギリシャ時代から嘆願者はオリーブの枝を持って訴える慣習があった)、ノアが平和の地へとたどり着いたことを示した。

 オリーブオイルは、料理の際の調理油としての用途だけでなく、調味料として肉料理やサラダにかけたり、パンにつけたり、またクッキーなどにも大量に使われる。その健康効果については日本でもよく知られているところだ。とりわけエキストラバージンオリーブオイルには高い抗酸化作用があり、動脈硬化や心筋梗塞の予防効果も期待されている。

 女性であればさらに、基礎化粧品や洗顔石鹸に多用される素材としても親しみがあるだろう。今は化学によってオリーブオイルが健康・美容に有効な成分を多く含んでいることが分かっているが、古代の人達も同様に、オリーブオイルのそうした効果を認知していたようだ。

 古代ギリシャ時代には、オリーブを聖なる木として崇めていたギリシャ人によって、食料・燃料としてはもちろん、スキンローションや香水、化粧品、そして胃薬や育毛剤・制汗剤など薬品としても用いられていたという。

 え、育毛にもオリーブオイル!? と驚いて検索してみると、育毛効果の有無は不明だが、椿油同様、皮脂に近いオイルとして頭皮マッサージなどに使っている人は結構多いようだ。

 このオリーブの栽培エリアが地中海沿岸全域に広がったのはローマ帝国時代。

ローマ軍は駐屯する先々で食糧と燃料確保のためにオリーブの木を植えた。そのため、ねじれた幹と灰緑色の葉はその地がローマ帝国の軍事的、文化的支配下にある証しとなった。

結果、北アフリカやスペインから地中海を経て大量のオリーブオイルがイタリアに運ばれるようになった。日常生活に不可欠な存在であると同時に、宗教儀式でも聖油として使われていたオリーブオイルの価値は高く、その取引の中では必然的に犯罪行為も発生した。本書の中で繰り返し告発される、「オリーブオイルの偽装」だ。