決まっていたのは「ガウディの足跡を訪ね創造の源泉を探る旅」というテーマだけ。仕事を依頼された漫画家・井上雄彦は、具体的なアウトプットをあえて決めず、バルセロナへ旅立った。初夏の兆しが見えた5月末のことだった。6日間の日程の前半はガウディゆかりの場所や建築物を訪ね、後半はガウディ建築に関わりの深い彫刻家や模型職人、建築家や研究者たちに会って話を聞いた。

 そして旅の途上、井上氏は、あるときは職人と心を通じ合い、あるときは子供のような笑顔を見せ、そして、アーティストの表情へと変貌した。前編の「世界遺産「サグラダ・ファミリア」に井上雄彦が文字を刻んだ理由」に続き、井上氏の感性の源泉を見た3つのシーンを追った。

ガウディの生家。リウマチでよく歩けないときがあったガウディ少年に、豊かな自然が大きな影響を与えた
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カサ・ミラ。バルセロナの中心街にある大きなマンション。今のところ井上氏はこの建築物を一番好きらしい
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ガウディの代表作、世界遺産「サグラダ・ファミリア」の主任建築家であるジョルディ・ボネット氏に会う
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ガウディに重要な建築を依頼したグエル伯爵。その末裔であり歴史小説家であるカルメン・グエル女史に会う
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職人とシンクロ

 この旅では、ガウディとは直接の関係がなくても、ガウディの時代を語れる人にも話を聞いた。その一人が、馬車職人・ジョアキン氏である。

 ジョアキン氏は御年95歳。ガウディの時代、まだ自動車は普及しておらず、日常の移動手段に馬車が使われていた。そんな馬車はもちろん、サーカスや映画で使われるものまで、様々な馬車を作ってきたジョアキン氏。引退後は、趣味でミニチュアの馬車を作り続けている。

 彼の部屋には一面に棚が備え付けられており、ところ狭しとミニチュアの馬車が並ぶ。ミニチュアとはいえ、馬車の扉は開くし、中に椅子もあり、本物そっくり。ミニチュアの精密さに井上氏は驚きの声を上げたが、それ以上に心打つものがあった。

95歳の職人が笑顔で話す姿を見つめる井上氏
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職人は次から次へと話し続ける
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「職人魂」が炸裂する95歳の馬車職人を訪ねる

 それは、職人としての自分の人生に一点の曇りもない誇りと自信だった。馬車を手に、大きな声で当時の思い出を語り、「この馬車を見てくれ、こっちのはどうだい? これもすごいだろ!」と、次々に馬車を自慢するジョアキン氏。それを満面の笑みで見つめていた井上氏は、「ほんと涙が出ちゃいそうになりましたよ」とつぶやいた。この旅で一番印象に残った重要なキャラクターとして馬車職人を挙げたのだった。

 後に井上氏は職人についてこう語っている。

 「出会った職人たちには、ことを難しく考え過ぎないシンプルさがあった。…全体のうちの一部分であり、それを全うすること。それでいっさい過不足はないという姿勢。…ただ全うする。没頭する。楽しむ。シンプルに、好きなことに打ち込むことで十分。目の前の仕事に自分を捧げる。自分の持ち場で全力を尽くす。そこまででいいんじゃないか。その先はなるようになる」(『pepita』より抜粋)。