※この記事は日経エンタテインメント!(12月号)の記事を転載・再構成したものです。購入はこちら

 『バガボンド』『リアル』の連載を続ける傍ら、井上雄彦は一歩前へと踏み出した。世界的な建築家のアントニ・ガウディから創造の“種”を見つけるべく、スペイン取材に出かけたのだ。マンガ家・井上雄彦は今何を考えるのか、その思いを尋ねた。

 バスケットボールマンガの金字塔『スラムダンク』で一躍人気マンガ家となり、現在連載中の『バガボンド』『リアル』でも多くの読者の心をつかんできた井上雄彦。トップをひた走ってきた男が、その表現をさらに深化させるために、スペインの地へと旅立った。サグラダ・ファミリア大聖堂、カサ・ミラなどの建築物で知られる建築家、アントニ・ガウディの人間像に迫るのが目的だ。
 ここ数年の井上は、個展『井上雄彦 最後のマンガ展』や、東京都現代美術館のエントランスに描き下ろした巨大壁画、自らが考える親鸞を描いた屏風絵など、マンガ家の枠を押し広げる活動を続けている。そして、今回のバルセロナ取材。なぜ、今ガウディなのか。ガウディに対して、自らの創作についての思いを語った。
いのうえ・たけひこ 1967年1月12日生まれ。鹿児島県出身。1988年『楓パープル』でデビュー。1990年に連載開始した『スラムダンク』は、累計1億部を超える国民的ヒットを記録。98年から『バガボンド』、99年から『リアル』を連載し、現在も継続中である

 もともとは、自分から動き出したわけではなく、オファーがあって始まったプロジェクトです。依頼を受けての最初の感想は、「なんで僕に?」でしたね。建築は完全に門外漢。ガウディについても詳しい知識はゼロでした。旅行程、創作期間含めてマンガから離れるのは、懸念材料でした。現在は、『バガボンド』も休載中で仕事が進んでいないのもあって、「ここでまたこういう仕事を受けていいのか?」と考える部分はありました。

 ただ、最近の自分は、マンガ家が通常やることからはちょっと外れたことをやってきた。美術館での『最後のマンガ展』もそうですし、東本願寺で親鸞さんの屏風絵を描かせてもらったのもそう。今回のスペイン取材についても、これらに続く一連の流れにある気がしました。様々なことに気づくきっかけをくれたり、自分の足元にあったけど見えていなかった答えに導いてくれるものが、ガウディにはある気がしました。

今の仕事の意味は後で分かる

 もともと僕は、自分の中に地図も設計図もないのに直感で仕事を受ける節はあるんですが、今回はそれにも増してガウディだから、という点が大きかった。マンガというものは、燃やせばなくなるし、絶版になればいずれは消えていく。その点、建築物って長く残るじゃないですか。こう見えて僕は照れ屋なので、自分の作ったものが街中にドーンと建っていたら恥ずかしくないのかなって思う(笑)。それを世に残していく人はどういう人なのか、そしてあの生き物のような建物を作るに至ったガウディはどんな人物だったのか。ガウディという人に、強く引きつけられていました。

 建築物や作品は広く知られていますが、彼がどういう人だったのか、また彼の根っこにあったものが何だったかはあまり伝わってはいません。それを知ることができれば、その創作姿勢から何か感じられるものがあるんじゃないかと思いました。そして得たものを、読む人、特に若い人たちに、僕のフィルターを通して伝えられるなら、かかわる意義があるかもしれないと引き受けたんです。