第140回芥川賞・直木賞の選考会が開かれ、芥川賞に津村記久子(きくこ)の『ポトスライムの舟』、直木賞は5回ぶりに男性が受賞、天童荒太の『悼いたむ人』と山本兼一の『利休にたずねよ』が選ばれた。
芥川賞
津村記久子
「面白いものを書き続けたいと思っています。大きな望みがなくても、小さな日常でも楽しい」。単行本は2月5日に刊行予定
3回連続で候補に挙がり、芥川賞受賞を果たした津村は、大阪府出身・在住の31歳。「“3度目の正直”というのはことわざなので、そんなにうまくいくわけはないと…。候補に選ばれるだけですごいことです」と謙虚な姿勢を見せた。
津村が得意とするのは、30歳前後の女性が日常的に直面する小さないらだち。受賞作では、契約社員として働く化粧品工場の低賃金を補うため、カフェの手伝いなど、仕事を掛け持ちしながらお金を貯める女性を描いた。宮本輝選考委員は、「非常につつましやかな生活を送る女性が、てらいのない文章でよく描かれている」と評価した。また「前2作と比べて、はっきりと成長が認められる」と述べた。
絶賛された力作『悼む人』
津村同様に 3回目の候補となった田中慎弥と山崎ナオコーラに対しては、「田中は受賞に値するか最後まで論議を重ねた」としながらも「多くの仕掛けをしたにもかかわらず、文学としては玉砕してまとまりがなかった」「山崎は最初の選考で落ちた。前候補作のほうが良かったという意見も多く、前2作にあったある種の毒が消えていて残念」と厳しい評価を下した。
井上ひさし(選考委員)
「世の中の先行きが不透明な今、時代小説が求められる」と世相を分析
3回目の候補3人と初候補3人で競われた直木賞は、最初の投票で受賞者2人と道尾秀介の3人に絞られた。「相当綿密に討論した」という井上ひさし選考委員の言葉通り、選考には3時間半近くが費やされている。2回目の投票で天童が決まり、初回の投票で最高点を得た山本を受賞させるか否かが3回目の投票の争点となった。
8年ぶりに候補となった天童荒太の『悼む人』は、見知らぬ他人の死を悼むために全国を行脚する主人公を描いた。井上ひさし選考委員は「人間にとって一番大事な生と死と愛の3つに取り組み、作者の姿勢が浮かぶ力作感あふれる作品。小説として破たんしているところもあるが、そこも含めて力がある。文学に何ができるかにぶつかり、成果を得ている」と絶賛。時系列を逆行する形式で利休の生涯を描いた山本兼一の『利休にたずねよ』は、「小説の筋立てや構造など、読者をある1点に導く筆力は巧み。今日に残る日本文化を根底からデザインした利休の秘密に照明を当てた」と評した。さらに、「2作の主人公に共通しているのは、選んだ人生を一途に生きる強い意志」とも。
現実を前に、堅実に生きる女性が主人公の芥川賞。確固たる意志を持ち大きく羽ばたく男性を描いた直木賞の2作。受賞作が表しているのは、不安定な社会状況を受け入れ、あるいは打破する個の力。我々にも今、個の自立が要求されているのかもしれない。
| 直木賞選評 | |||
| 候補歴 | 作家名(年齢)/候補作 | 評価 | 内容・選評コメント |
| 3回 | 天童荒太(48) 『悼む人』 (文藝春秋) |
受賞 | 2回目の投票でひとり先に受賞が決まった。「ひとりひとりの死を悼んで歩くといった、小説の主人公になりにくい人を描いたところも評価に値する」と評された。 |
|---|---|---|---|
| 3回 | 山本兼一(52) 『利休にたずねよ』 (PHP 研究所) |
受賞 | 「時間をさかのぼりながら利休の生涯を描き、若き利休が恋か茶道かどちらかを選ぶ姿はリアリティーがある」と、小説の筋立てや文章力が高く評価された。 |
| 初 | 道尾秀介(33) 『カラスの親指』 (講談社) |
△ | 「2人の詐欺師の姿を通じて世の中をあぶりだす作家的な仕事が鮮やかで、切れ味もいい。ギリギリまで残った」と大絶賛。だが、受賞には一歩及ばず。 |
| 3回 | 恩田 陸(44) 『きのうの世界』 (講談社) |
× | 塔と水路がある町に現れた、死体の謎をめぐる物語。「二人称の採用など、文学的にものすごい実験をしている」と評されながらも「コンテストでは損をする作風」とも。 |
| 初 | 北 重人(61) 『汐のなごり』 (徳間書店) |
× | 東北にある架空の湊町を描いた時代短編集。「選考委員をうならせたのは第2話。非常にいい小説だが、胸に響く度合いの強い小説がほかにあった」と受賞を逃す。 |
| 初 | 葉室 麟(57) 『いのちなりけり』 (文藝春秋) |
× | 18年間にわたる忍ぶ恋を描いた時代小説。「ストーリー展開を広げすぎてすらすら読めない。話が2つ入っていてうまく融合していない」と酷評。 |
△は初回投票で選考に残った作品。年齢は1月15日選考会時。コメントは井上ひさしの会見から
(文/土田 みき・写真/大塚 俊)
※この記事は日経エンタテインメント!(3月号)より転載しました。











