1996年の初開催から13年目を迎え、ゲームシーンの秋の風物詩として、また時代を映す鏡としてファンに親しまれてきた東京ゲームショウ(以下、TGS)。TGS2008の開催が迫ってきたいま、改めて2000年から現在に至るまでの歴史を振り返る。

ゲームシーンの趨勢と共にあったTGS

 「スーパーファミコン」でゲーム市場を牽引していた任天堂に変わり、「プレイステーション(以下、PS)」がゲームシーンの一大勢力となった1990年代後半――TGSはそんな激動の時である1996年に産声を上げた。翌1997年より春と秋の年2回のペースで開催されてきたTGSは、1999年には発売間近となるPS2効果を受けて総入場者数16万人超を記録。ゲームシーンにとって欠かせないイベントとして確固たる地位を築いたのである。

 そして2000年、TGSはゲームシーンの変遷とともに新たな時代へと突入する。PS2を始めとする新たな家庭用テレビゲーム機が矢継ぎ早に登場し、戦国時代が始まったのだ。2000年以降のTGSは、この世代交代の波を克明に記録する歴史の証人であった。

■東京ゲームショウ2000春

テーマ:「東京ゲームショウは2000年バージョンへと進化する」
開催期間:2000年3月31日~4月2日(一般公開日・4月1日、2日)
会場:幕張メッセ
総入場者数:13万1708人

 前年に引き続き、年2回の開催となった2000年のTGS。その春の部であるTGS2000春は、幕張メッセにおいて3月31日~4月2日の3日間にわたって催された。

 このTGS2000春の見どころ、それはファン待望の大作ロールプレイングゲーム(以下、RPG)『ドラゴンクエストVII』の出展だろう。前作『ドラゴンクエストVI』からおよそ5年ぶり、しかも任天堂製ゲーム機からプレイステーションにプラットフォームを移しての新作だけに、多くのファンが新世代の『ドラクエ』を一目見ようと集まったのだ。なにしろ幕張メッセの前には、一般入場日の前日にあたる3月31日の深夜から、来場者が長蛇の列を作ったほどである。会期中はエニックス(現スクウェア・エニックス)ブースに用意された『ドラゴンクエストVII』試遊台には1時間待ちの行列が生まれ、TGS2000春でも随一の盛況ぶりを見せている。

 また、このTGS2000春では2000年3月4日に発売されたPS2に続く、新たな家庭用テレビゲーム機も登場した。それが当時、2001年にマイクロソフトが発売を予定していた「Xbox」である。会期中に行われた関係者向けのプレゼンテーションでは、高いハードウエアスペックをアピールする各種デモ映像を披露。加えてコナミ、コーエー、カプコン、エニックスら日本を代表するゲームメーカーを交えて、マイクロソフトはXboxの日本市場における積極的な展開を約束したのである。PS2のソニー・コンピュータエンタテインメント(以下、SCE)を、「ニンテンドー64」の任天堂、「ドリームキャスト」のセガが追走する戦国時代にあった当時のテレビゲーム市場で、マイクロソフトがどのような戦いぶりを見せるのか。ゲームファンのみならず、多くの関係者が新勢力であるXboxに熱い視線を注いだのだった。

TGS2000の直前に発売日を迎えた「プレイステーション 2」。後継機であるプレイステーション 3が登場した現在もなお、ゲームファンに愛され続けているテレビゲーム機だ
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