毎回1人の人物に密着し、生き様に迫る『情熱大陸』。4月に放送開始10周年、5月25日には放送回数500回を迎え、08年は記念すべき節目となった。7月には初めてDVDが発売。全3タイトルのうち『情熱大陸×小栗旬』は、プレミアムと通常版を合わせて初回約3万セットを出荷し、ドキュメンタリーとしては異例の大ヒット。また、SNS「ミクシィ」の「情熱大陸」コミュニティでは、3万2600人を超えるユーザーが参加する盛り上がりを見せている。

【画像3】07年5月から200日にわたって小栗に密着。初の2週連続放送となった“掟破り”に対し当時プロデューサーだった中野伸二氏は、放送直前の水曜まで、1回でいくか悩み抜いたと言う。プレミアムには撮り下ろしインタビューなど特典が。『情熱大陸×小栗旬 プレミアム・エディション』(6090円)※通常版3990円
発売・毎日放送、販売・ジェネオン エンタテインメント。(C)2008 毎日放送 スローハンド(画像クリックで拡大)

 実は『情熱大陸』は、視聴率が6~8%前後と2ケタに乗ることは少ない。それにもかかわらず、ファンの熱心度は高視聴率番組を上回る。「心を揺さぶられた」「考えさせられた」「これぞ情熱」――視聴者は様々な登場人物から刺激を受け、新たな活力を得ている。

 こうした求心力の強い番組がいかに作られるのか。立ち上げから番組に携わり今年3月までプロデューサーを務めていた、毎日放送の中野伸二氏と、07年9月からプロデュースを担当している井口岳洋氏に聞いた。

決め事なしが情熱スタイル

 『情熱大陸』の作り方には、通常のテレビ番組とは違ったいくつかの特徴がある。まず、「番組のフォーマットや演出のルールを一切決めていない」点。特に象徴的なのが、「取材対象」だ。俳優やスポーツ選手などの「著名人」から学者や料理人といった「一般人」まで、分け隔てなくピックアップ。着眼点は「その業界で輝いているかどうか」だけ。放送順も、絢香の翌週にニューヨーク在住のウエディングドレスデザイナーをもってくるなど、法則性はない。

 唯一の例外は、葉加瀬太郎の奏でるテーマ曲だ。あの扇情的なオープニングは、彼自身の番組出演がきっかけで依頼した。「あの曲によって番組の骨格ができ、イメージされやすくなった」(中野氏)。

 「制作体制」も、他の番組とは異なる。通常、レギュラー番組の場合、固定の制作会社1社か、チームで制作するケースが多いが、『情熱大陸』は、決まったスタッフを抱え込まない「オープンコンペ形式」(図参照)。放送局である毎日放送のプロデューサーが、20社を超える制作会社から随時提出される企画に目を通し、個別に打ち合わせをして、いいと思ったものにGOサインを出していく。

「オープンコンペ形式」の構造。『情熱大陸』の場合、多い制作会社で年間10本程度担当し、常に15~16本の取材が同時進行している。不測の事態の対処法など、密にやり取りしている。企画は提案が多いが、プロデューサーのアイディアでスタートする場合もある

 中野氏は、企画にOKを出す際に、取材対象だけでなくディレクターの持ち味や見方も勘案していたと言う。「取材される側が、取材者であるディレクターがやってきたとき、どういう気持ちになるか。また、彼らが向き合ったら、予想外も含めて、どう展開するかを想像していました」。だから、以前却下した被写体でも、別のディレクターから提案があって、それが面白くなりそうならばOKを出したこともあったそうだ。

 「オープンコンペのメリットは、いろいろなディレクターが切磋琢磨(せっさたくま)できること。編集方法も多彩になります。デメリットは、あまりにバラバラだと視聴者が見づらくなってしまう点。最終的には、番組の道筋をプロデューサーがきちんと立てる必要がある」(中野氏)

 プロデューサーとディレクターの関係のように、1対1で作り上げていくテイストは、撮影方法にも見て取れる。番組開始当初は、通常のテレビカメラで撮影していたが、放送開始2年目以降、ハンディカムを使うようになった。ディレクターとADの2人がハンディカムで撮影した動画は、視聴者にとって、まるで取材対象と話しているような親近感を与える。初めは2週間程度の取材で1本作っていたが、機動力が増した結果、3カ月にもわたって密着する現在のスタイルが出来上がった。

 番組が定着したこともあり、最近では、芸能人、著名人の側から、出演したいという要望も多い。しかし実は、そこが課題でもある。「単なるパブリシティーにはしたくない」(中野氏)からだ。あくまで優先は「情熱大陸なら」という“ブランド”ともいえるこだわり。数字が見込める芸能人だけでなく、一般人を取り上げた回もDVDとして発売するのも、番組のコンセプトを大事にしてのことだ。

 井口氏も口をそろえる。「我々も民放ですから、企画書を通すときは視聴率が取れそうなシーン――ロボットが断崖絶壁を登り世界初の快挙、とかを想定していますが、結果は“時の運”。番組は前向きな姿勢を出しますが、すべてがガッツポーズで終わる必要はない」。

“みんなと一緒”はつまらない

 視聴者の嗜好の変化もとらえてきている。「当初は“成功者”を取り上げることが多かったが、最近の人は、勝ち組や勝つ方法ではなく、いろいろな生き方が見たいのでは」(中野氏)。

番組を核に“情熱ブランド”を展開
98年 4月 【第1回】プロゴルファー・丸山茂樹で放送スタート。
9月 葉加瀬太郎が出演。これが縁で、99年1月にエンディング、同4月にオープニングの番組音楽が葉加瀬の楽曲に。
00年 3月 舞台『奇跡の人』で共演していた女優の大竹しのぶと菅野美穂を同時に追う。
6月 マラソン選手・高橋尚子を2回取り上げる(2回目は8月)。
01年 10月 DVD化されたスガシカオの回を放送。スガはその後、書籍、対談などにも登場。【画像1参照】
02年 2月 【200回】書籍『情熱大陸語録 赤熱編』(20代)、『情熱大陸語録 青雲編』(30代)を出版。
テーマから入る「情熱大陸extra」誕生。日韓ワールドカップの100日前からトルシエ・ジャパンに密着。通常の深夜帯ではなく、日曜の午後帯に放送した。
8月 葉加瀬太郎を中心とした『情熱大陸SPECIAL LIVE』を開催。その後、夏の恒例イベントに。
03年 3月 「情熱大陸extra」の2回目で、「松坂ジェネレーション」を放送。
4月 公式サイトで重松清の連載「読む情熱大陸」を開始。
05年 5月 長島忠美 旧山古志村村長を取り上げた。今までで唯一の政治家。
06年 1月 ポッドキャスティング開始など、ネットでの展開を拡充。
角田光代の書き下ろし連載も開始。【画像2参照】
12月 特番で「情熱大陸extra」。「ビジネスフロンティアズ」とし、経済人に着目。
07年 11月 小栗旬が、初の2週連続放送(今回DVD化)。【画像3参照】
08年 5月 【500回】「情熱大陸extra」で「ネクストジェネレーションの9人」を放送。
コンピレーションアルバムを発売。
7月 初のDVDが3セット同時リリース。【画像4参照】
8月 「情熱大陸SPECIAL LIVE」が大阪(2日に終了)、東京(9日。夢の島公園陸上競技場)で開催。
指揮者、生物写真家、心臓外科医、花屋、日本語教師、マタギ、帽子デザイナー、主婦、プロ車椅子バスケットボール選手、左官、算数塾講師――「ラインアップを見るだけで楽しい」(井口氏)のがこの番組らしさ

【画像1】01年の放送時に加え、「今の彼を追加取材して、“情熱大陸シーズン2”みたいにした」(中野氏)こわだりの1本。『情熱大陸×スガ シカオ』(3990円)
発売・毎日放送、販売・ジェネオン エンタテインメント。(C)2008 毎日放送 スローハンド(画像クリックで拡大)

【画像2】中野氏の言う“セレクトショップ”感が体現されているHP。「ただの番組紹介にはしたくない」との言葉通り、様々なコンテンツが詰め込まれている(画像クリックで拡大)

【画像4】「村さんのスズキ」で知られる漁師、介助犬育成のパイオニア、盲ろう者の東大准教授の3人を1本のDVDに。『情熱大陸×村 公一・矢澤知枝・福島 智』(3990円)
発売・毎日放送、販売・ジェネオン エンタテインメント。(C)2008 毎日放送 スローハンド(画像クリックで拡大)

 例えば、06年9月に放送した沖縄在住の主婦・森岡尚子さんの回には、大きな反響が寄せられた。自給自足をするため、夫とともに沖縄に移住。電気も電話もない場所で出産して、楽しげに暮らす…。「こんな生き方や仕事もある、という発見を届ける番組に変わってきたのかなと。この10年、『情熱大陸』はそういうニーズに答えてきたのかもしれません」(中野氏)。

 『情熱大陸』で中野氏は「“多様性”と“同一性”」を見せたかったと言う。「同じ価値観の集団に属せば安心という人もいますが、それではつまらない。違う考えがあるのがクリエイティブの根本だし、自分と第一線の人との仕事で同じ部分を見いだすのが、快感でもある」。この3月から現場を離れ、編成から『情熱大陸』をバックアップしていくが、これからは「情熱大陸は“セレクトショップ”。好きな人が好きなものを探せる場やメディアを提示していきたい」。

 一方、中野氏から引き継いだ井口氏は、「情熱大陸の使命は、今まで同様、老若男女問わず“第一人者”に出演していただくこと」と襟を正す。加えて、「サッカー監督・羽中田昌氏のときは音楽を多用したが、助産師・永原郁子さんの回は極力少なくしたり…ドキュメンタリーにも何百通りもの見せ方があるはず」と意気込みを語る。報道出身の中野氏からバラエティ出身の井口氏へ――自由な作りが魅力の『情熱大陸』に、新しい風が吹き込まれようとしている。

(文/波多野絵理、日経エンタテインメント!編集部)

※この記事は日経エンタテインメント!(9月号)より転載しました。