2008年11月7日のパナソニックによる三洋電機の子会社化を前提とした資本・業務提携に関する会見(大阪)
[画像のクリックで拡大表示]

 2015年4月に社員がゼロになる三洋電機。その数多くの事業は果たしてどうなったのだろうか。

 単純に考えれば、パナソニックに吸収された、事業をクローズした、あるいは売却されたといういずれかの選択肢になるだろう。

2008年にスタートしたパナソニックによる買収と事業存続可否の決断

 “それぞれの事業をどうするか”という、いわゆる再編劇は、2008年12月19日のパナソニックによる三洋電機の買収開始とともに始まったといえる。

 まずパナソニックは、独占禁止法など国内外の競争法に基づく必要な手続きや対応を進めながら、全株式を対象とする公開買い付け(TOB)を実施。2009年12月9日にはTOBを終了。パナソニックが取得した三洋電機の優先株式をすべて普通株式に転換することで、議決権所有割合は50.27%に到達。これにより連結子会社化した。

 だが、一部の電池事業は世界シェアが約90%になるため、独占禁止法に抵触する恐れが指摘され、世界の11の国と地域で行われた承認審査が長期化。パナソニックは充電式ニッケル水素電池「エネループ」を製造していた三洋エナジートワイセル高崎工場と、円筒型リチウム一次電池およびコイン型二次電池を製造する三洋エナジー鳥取を、富士通グループのFDKに譲渡することにした。ただしエネループのブランドは残し、FDKの高崎工場に製造を委託して事業を継続することになった。

 また中国商務省の指摘により、トヨタ自動車との合弁で車載用ニッケル水素電池の開発製造を行っているパナソニックEVエナジーの出資比率を40%から19.5%に引き下げてもいる。

 各国での審査が長引いた理由が電池事業における独占的シェアの可能性であったことからも分かるように、事業統合の最大の成果は、電池事業だというのが、多くの関係者に共通した認識だった。

パナソニックグループとしての“一枚岩の体制”へ

2010年7月の「HIT215シリーズ」発表会より
[画像のクリックで拡大表示]

 事業統合、完全子会社化が進む2010年7月、パナソニックと三洋電機にとって初のコラボ製品といえる、住宅用太陽光発電システム「HIT215シリーズ」が発売される。三洋電機の製品に、初めてPanasonicのブランドが付いたのだ。

 2010年8月、完全子会社化に向けたTOBが始まり10月に終了すると、議決権ベースでのパナソニックの所有株式は80.77%。12月に取締役会で三洋電機のパナソニックの完全子会社化が議決される。

 そして2011年3月4日、大阪市内で開催された三洋電機の臨時株主総会で、パナソニックとの株式交換契約を承認し、パナソニックが三洋電機の全株式を保有することが決まり、三洋電機はパナソニックの完全子会社として、2011年3月29日に上場を廃止。1954年4月の大証および東証への上場以来、57年間の上場企業としての歴史に幕を下ろしたのだ。

 このとき同時にパナソニック電工も上場を廃止し、パナソニックグループは“一枚岩の体制”がスタートした。