前回に引き続き、麻倉怜士氏が日本ビクター(現・JVCケンウッド)の足跡について語っていく。

他社の表示デバイスの使いこなしがベラボウにうまいビクター

麻倉怜士(あさくら・れいじ) デジタルメディア評論家、日本画質学会副会長、津田塾大学講師(音楽)

 高柳健次郎さん(世界で初めて電子式のテレビシステムを発明した、高柳健次郎氏。元日本ビクター副社長・技術最高顧問)が開発した「ブラウン管テレビ」から、21世紀になって液晶テレビ・プラズマテレビの時代に移りました。それでもビクターのあり方は「メジャー」ではなく、あくまでも「スペシャリティー」を打ち出すことで存在感を示していました。

 その方向性はパイオニアに似ていますが、違うのはパイオニアは自分でパネルを作っていたことです。このため設計段階から社内のパネル部隊に注文を付けて、統合した形で絵作りができます。

 ビクターがすごいのは、自分でパネルを作っていなかったのにもかかわらず、素晴らしい画質を実現していたことです。パイオニアやパナソニックのように垂直統合型であれば、パネルの時点からハイクオリティーを作り込めます。しかし他社が作ったパネルを買ってそれを生かすとなると、パネルの実力を見いだし、最大限に引き出す特別な能力が必要になります。

 ビクターはアナログテレビ時代からブラウン管を作っていませんでした。だから常に“即応状態”の絵作りが非常に優れていました。東芝やパナソニック、三菱電機などが作ったブラウン管に対して最適な調合を与えるという技術が、その後の液晶でも生きていたのです。