今回のテーマ:『七人の侍』と『ゴジラ』には共通点があった。ともに昭和29年(1954年)に公開されたことと、音楽を担当した2人の作曲家が親友であり、2014年が生誕100年であることだ。

 1954年(昭和29年)、日本映画は時代を超える傑作を2つ産みだした。『七人の侍』(黒澤明監督:4月26日公開)と『ゴジラ』(本多猪四郎監督:11月3日公開)だ。今年2014年は、この両作品が公開されてから60周年の記念の年である。実はもうひとつ、この2作品にとって今年は大きな節目だ。七人の侍の音楽を担当した早坂文雄(1914~1955)とゴジラの音楽を担当した伊福部昭(1914~2006)――。2人の作曲家の生誕100年なのである。2人は少年期に札幌で知り合い、同じ音楽の道を志し、生涯を通じての親友だった。

 早坂はたおやかな旋律美が持ち味の天才肌にして、筆が早いモーツァルトタイプ。一方伊福部の音楽は、剛直に打楽器でリズムを打ち出す“ますらを”ぶりが特徴で、徹底的に時間をかけて考え、吟味しつつ作曲するベートーベンタイプ。対照的な作風ながら、2人の人生行路は微妙にシンクロし合っている。

 2人は18歳の時に知り合い、共に音楽に興味を持つ者として意気投合した。早坂も伊福部も音楽専門の学校には行かず、独学で音楽を学んだ。昭和一桁の頃の札幌は、ロシア人や北方民族なども行き来するちょっとした国際都市で、新しいものをどんどん取り入れる気風があった。彼らはこの札幌の進取の気性の中で育った。

 2人とも21歳の時に飛躍のチャンスをつかんだ。伊福部は最初のオーケストラ曲『日本狂詩曲』が、チェレプニン賞を受賞。この賞は、ロシア人作曲家アレクサンドル・チェレプニン(1899~1977)が日本人作曲家を発掘し、世界に紹介するため設けた賞だった。早坂は同じく最初のオーケストラ曲『二つの讃歌への前奏曲』が日本放送協会(現NHK)の『祝典用管弦楽曲』の懸賞に2位で入選。翌年東京で演奏された。やがて早坂は、東宝映画社長の植村泰二に見いだされて上京。次々とコンサート用作品を発表すると共に、映画音楽の作曲家としても歩み出す。伊福部はしばらく北海道で林務官などをして兼業作曲家として過ごし、太平洋戦争敗戦後の1946年(昭和21年)に上京。こちらも映画音楽に手を染めることなった。