博報堂ブランドデザイン・若者研究所では、日本、中国、東アジア、東南アジアの若者研究及びマーケティングを行っており、これまでの連載では、中国の若者についての記事も書いてきました(関連記事:TOKYO PANDA王衛落落)。そして2012年度、筆者の原田曜平氏は世界70カ国100地域で根を張り生きる500人の日本人女性たちとのネットワークを持つTNCの小祝社長とともに、ミャンマー、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、台湾、韓国それぞれの若者たちへの家庭訪問調査を行い、現地の有識者やビジネスパーソンたちと対談を重ねました。そこで今回は前回に続き、ミャンマーについて、ミャンマー・ヤンゴンで起業し日本企業の支援などを手がける西垣充さんに解説してもらいます。

「8888民主化運動」を知らない若者たち

西垣 充
にしがき・みつる。1970年生まれ。大手経営コンサルティング会社を経て、1996年からミャンマー在住。1998年に起業。現在サネイインターナショナル、ジェイサットコンサルティング代表取締役。企業進出支援・調査活動、日系企業への人材紹介・派遣などを行っている

原田曜平(以下、原田):東南アジアの国々の多くは若者が多く、東南アジアを見ることは若者を見ることになると思いますが、ミャンマーも人口約6200万人で平均年齢は26歳なので、例外ではないでしょう。そんなミャンマーでも、世代論はありますか?

西垣充(以下、西垣):アウン・サン・スー・チーさんが登場し、大きな政変があった1988年を知っているか知らないかで、世代が線引きされると言われています。

原田: ゼネストデモに象徴される1988年8月8日の「8888民主化運動(8888 Uprising)」ですね。これで1962年から続く独裁政権だったネ・ウィン大統領は退陣。当時英国で結婚・出産、生活し、お母さまの危篤で帰国していたスー・チーさんが、シュエダゴン・パゴダ(仏塔)前で演説をし、ミャンマーの民主化運動の象徴的人物になった。ところが9月には国家法秩序回復評議会(SLORC)による軍事クーデターが起き、僧侶と一般人……主に学生の数千人がビルマ軍による武力弾圧で犠牲となり、民主化運動が鎮圧された。この激動の1988年を知らない世代というと、今の20歳前半……彼らの特徴は?

西垣: 政治意識が一気に低くなります。平和な時代を生きてきた人たち、とも言えます。ミャンマーは大なり小なり政変が多かったのですが、1988年ほどのものはそうありません。それを知っているかどうかは大きいですね。もちろん2015年の選挙が近づけば、若者たちの政治への関心も徐々に高まると思いますが。

若者たちの間で起こる「韓流」ブーム

原田: 東南アジア全域に共通することですが、ミャンマーの若者たちの家庭訪問調査をする中で、韓国ドラマ、韓国歌手の影響力の大きさを痛感しました。正直、まだまだ所得水準が低く、ネット環境も悪く情報が少ないミャンマーで、ここまで韓国の影響の大きさを感じるとは思っていませんでした。

西垣: 韓国ドラマの影響は確かに大きいですね。今、若者には「薔花、紅蓮(チャンファ、ホンリョン)」や「その冬、風が吹く」などのドラマが人気です。
 ミャンマーでは、日本の寿司屋に出稼ぎに行っていた人たちが開いたお店も多く、寿司人気は上がっています。味はマヨネーズが載っているなどかなりミャンマー風にアレンジされています。
 この寿司ブームを作ったミャンマー職人の話では、彼自身は日本の寿司屋で十数年働いた経験があり日本の寿司の味はよくわかっていたものの、日本の味のまま出したら受け入れられなかったそうです。そこで試行錯誤を重ね、やはり当初は受け入れられなかったハンバーガーがマヨネーズやケチャップの味付けで人気が出たのを思い出し、寿司にも同じ方法を利用してミャンマー人の人気料理にしたといいます。
 ところがこの寿司ブームさえも、韓国ドラマに出てきたのがきっかけなんです。

原田: 下手したら、寿司は韓国料理だと思われているかもしれませんね。

西垣: 1988年以降の若者たちの中には、誤解をしている人もいるかもしれません。
 1996年頃までは「101回目のプロポーズ」など日本のドラマが数多くテレビ放送されていて、それを観て日本語を勉強しようと思ったというミャンマー人もいるほど。ところが、1997年に起きたアジア通貨危機と米国の経済制裁により、ミャンマー国内経済も打撃を受けました。それを機に、日本企業もミャンマーから撤退したり、駐在員の常駐を減らし始めました。ちょうどその頃からミャンマーに対する中国の影響が強くなり、中国のドラマが多く放送され始め、続いて韓国のドラマが放送され始めたんです。
 現在25~30歳くらい以上の若者には、日本の影響も大きく、寿司も日本のものだと知っていると思います。でも、1988年以降の若者たちは、韓国コンテンツをテレビで見て育った世代。ヤンゴンはまだしも、地方でヒアリングすると「日本? よく知りませんが、韓国に近い国ですよね?」などと言われてしまいます。韓国が日本よりも“近い国”になっているんです。
 韓国アーティストの情報はテレビから入ってきますし、ブロマイドを持っている子も多い。新聞や雑誌などジャーナルではテレビと連動して韓流アーティストや韓流ドラマの特集をしたりします。何より、韓国のタレントやアーティストはミャンマーにちゃんと来ます。やはりこれが大きいのです。日本のアーティストはミャンマーには来ませんから。