登山ブームの勢いが止まらない。現在の日本の登山人口は約500万人で、これは日本人の約25人に1人が、年に1回は登山をしている計算になるという。人気ナンバーワンはもちろん富士山で、富士登山にチャレンジする人も年々増えている。環境省が調べた富士山8合目における全登山者数は2005年には20万人程度だったが、2012年は約31.9万人で、前年より約2.5万人増加している。世界遺産公認イヤーの2013年、飛躍的に増えるのは確実だ。

 一方で、ブームに乗って気軽にトライする初心者が危険な目に遭うケースが増えるのではないかという懸念も大きい。従来、登山愛好家は所属する山岳会を通じてスキルやノウハウを身につけてきた。しかし近年、山岳会に所属しない登山愛好家が増え、充分な装備や知識のないまま山に挑戦するケースが増えている。その結果、山での遭難件数も増え、2011年の山岳遭難件数は10年前より35%も増加しているという(警視庁生活安全局地域課発表のデータ)。

 こうした状況を改善すべく2013年4月から、スポーツ用品メーカーのミズノが開講しているのが、登山初心者に向けた「ミズノアウトドアスクール」。ミズノといえばスポーツウェアのイメージが強いが、登山用の肌着やレインスーツが好調で、登山業界で売り上げ4位、シェア7%を占めているという。同スクール校長で、登山家でありトップ登山ガイドでもある大蔵喜福氏に、初心者が富士登山にチャレンジする場合の注意を聞いた。

 大蔵喜福氏。日本山岳ガイド協会認定登攀ガイド。1979年に世界初のヒマラヤ三山(ダウラギリ2~3~5峰)縦走に成功。86年厳冬期最高到達地点(8450メートル)記録を樹立。前後してチョモランマ、マナスル等ヒマラヤ8000メートルを7回登頂。90年からは「風の研究」でマッキンリーに20回登頂。現在、アラスカ大学国際北極圏研究センターでマッキンリーリサーチリーダーを務める

富士登山は初心者でも難しくない!?

 「富士登山は準備を十分に整え万全の注意をすれば、初心者でも難しくはありません。でも準備が不十分だったり無理をしたりすると、体力のある大人でも遭難することがあります」(大蔵氏)。

 富士山の登山シーズンは7月から9月の1週まで。これは9月の2週目にはもう初雪が降るためだ。どのような点に注意をすれば危険を冒さず、初心者が安全に富士登山を楽めるのか。「これだけは守ってほしい」と大蔵氏が強調する、重要な“3大原則”を聞いた。

(1)初心者こそ、可能な限り最高の装備を

 大蔵氏によると、初心者が最も勘違いしやすいのが装備。「初心者だからこの程度でいい」「少しずつ本格的なものをそろえていこう」と考えがちだが、登山のスキルの高い人はともかく、初心者こそ最初から最高の機能のものをそろえないと危険だという。「あれこれ選んでいいのは、ベテランだけ。ビギナーにおすすめを聞かれれば、私は道具もウエアも予算の許す限り一番機能の高いものをすすめます」(大蔵氏)。


(2)夜の登山を避ける

 実は富士登山のルートは昼よりも夜のほうが混雑している。これは頂上でご来光を見るために、夜中に登る人が圧倒的に多いためだ。最も多いのが夜の10時ごろに5合目に着き、そのまま登って夜中に山小屋で2時間ほど仮眠をとり、頂上でご来光を迎えるというコースだ。

 しかし大蔵氏は、初心者にとって夜登山はあまりにも危険すぎるので、絶対にやめるべきという。「混んだ山小屋での短い仮眠では十分に疲れはとれないし、回りも見えない真っ暗ななか、ヘッドランプをつけて前の人のお尻だけを見ながら黙々と歩くと、疲れが倍増します」。実際、夜登山コースの頂上付近では登山道の脇で力尽きて倒れている人が多く、踏まないように注意が必要なくらいだという。

 「昼間は人が少なくて歩きやすく、いろんな景色が見えて疲れにくい。それにご来光は頂上から見ても6合目で見てもあまり変わりないんです(笑)」。頂上でのご来光にこだわりさえなければ、快適に安全に登山ができるのだ。


(3)おしゃべりしながら登るペースでOK!

 山を100メートル登ると約10hPa気圧が下がる。富士山頂付近の平均気圧は647hPaで、地表の3分の2程度の酸素量になるため、普通のペースで歩いていても辛くなる。でも同行者が歩くのが速いと、初心者にはつい無理をしがち。またハイペースで歩いて多量の汗をかき、寒さで冷えると低体温症の引き金になる。「おしゃべりをしながらゆっくり歩き、ときどき休みながら登るのが初心者にとって理想のペース。おしゃべりができるスピードは“休みながら歩いている”状態といえます」(大蔵氏)。このペースでも前日午後に入山して山小屋 に泊まり、翌朝4時に出発すればその日の昼くらいには頂上に着き、夕方までに下山できるという。

ミズノアウトドアスクールによる装備品リスト
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大蔵氏の装備例(地図、コンパス、レスキューシート)
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大蔵氏の装備例(食料)
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