みなさん、こんにちは。ファイナンシャルプランナーの山田英次です。

 前回のコラムでは、還暦を過ぎたころの浩二さんが「エンディングノート」について考えていました。

 一度しかない人生を、典子さんとともに一生懸命生きてきた浩二さん。現役時代は遠い未来について思いをはせるゆとりがなかったからか、いざエンディングノートを目の前にすると、自分や家族の未来についてあいまいなまま来てしまったことに戸惑いを感じていたようです。

 でも典子さんがノートを買ってきてから1カ月後、浩二さんは全てのページに自分の考えや価値観、希望などをすき間なく記入しました。

 2065年5月。そのノートは今でも家族で楽しい時間を過ごしてきた自宅のリビングの棚に立てかけてあるのですが、残念ながら浩二さんはもうこの世にはいません。

ありがとう! 浩二さん! 

 浩二さんが生まれたのは1985年5月。まだ、日本がバブル絶頂期を迎える前でした。大学を卒業し、社会人になったのは2008年4月。ちょうどリーマンショックの約半年前になります。その後、典子さんと出会い、東日本大震災も経験し、波乱万丈の人生を送ってきたのですが、2065年5月、80歳になった浩二さんはそっと息を引き取りました。

一郎(52歳): ねえ、母さん。なんだか父さんがいなくなったの、ウソみたいだよね。
典子さん(78歳): そうね……今でもひょっこり帰ってくるような気がするわ。
二郎(50歳): うん、俺も。子供のころは学校に行ったり、みんなでおいしいご飯を食べたり、旅行に行ったりって当たり前な気がしていたけれど、「父さん、家族のために頑張ってくれていたんだ』って今になって思うよ。
一郎: そうだな。俺も自分が親になるまでは、父さんの頑張りを当たり前に感じていた気がするよ。学校も「出来れば公立」って言われていたけど、結局、俺たち2人とも高校から私立だったしね。
典子さん: そうでしょ! お父さん、すごく頑張ってくれていたんだから! あなたたちも今ちょうど子供たちの教育費が一番かかるころだから、分かるでしょ!(笑)
二郎: ホントだよ。あーあ、もっと、ちゃんと「ありがとう」って言っておけばよかったな。
典子さん: それにね、父さん、あなたたちが社会人になってからも心配していたのよ。家や教育、そしてあなたたち自身の老後の資金、「あいつらはちゃんと計画的に準備しているかな」なんてね。ホント、お父さんはいつまでたってもあなたたちを子ども扱いしていたのよ(笑)
一郎: それにしても、父さん、すごいよね。葬儀にかかる費用、全部清算しても、まだ3000万円以上残ってるんでしょ、貯金。中古だけど自宅も買ってあるし、母さん安心だよね。
典子さん: ホントね。母さんも、もっとちゃんと「ありがとう」って伝えておけばよかったな。お父さん、普通の会社員だったけれど、お金に関してはとても頼りになったのよ。

 典子さんは50代になった子供たちと一緒に、浩二さんを思い出しながら話をしています。すでにこの世を去った浩二さんですが、まだまだ家族の心の中では父親としての威厳を保ち続けていくことでしょう。

 浩二さんが亡くなってからも家族に感謝されている理由は、一家の大黒柱として頑張ってきたからだけではありません。その結果得た収入、つまりお金を上手に活用し、みんながゆとりある生活をできる環境づくりをしてきたことも理由の一つなのです。