パッケージじゃないと持てない感動性

 今、なぜこういう動きが出てきたのでしょうか。以前からライブ関連の活動をしているディー・アンド・エーミュージックという会社があります。録音を手がける会社ですが、レコード会社に頼まれて評論家や放送局に見本盤を作ったりしています。その中で高音質で録音する技術や、作成したCDの互換性を保ちながら早く作成するというノウハウを培っており、それを活かしたのです。

 ここに太陽誘電のメディア製品の販売会社であるスタート・ラボが絡んできます。太陽誘電のCD-Rメディアは安定性や音質において世界でもっとも評価が高いメーカーです。最初のビジネスで品質や互換性で問題があってはいけないということで、ナンバーワンメーカーとコラボレーションすることになりました。

 もう一つ大事なのがアーティストの存在です。「お持ち帰りCD」という秀逸なコンセプトがあっても、なかなか実現しないのは収録が「生の一発撮り」だからという点にあります。もしかしたら失敗するかもしれないと当然考えますよね。スタジオ収録のCDなら直せますが、お持ち帰りCDの場合は全く直す時間がありません。アーティストにとっても、失敗できないというプレッシャーがあります。

 しかし奥田民生さんはアグレッシブでした。やってみよう!と東京での4回の公演すべて録音し、その場でCDにしました。さらに4会場で録った中で、さらにベスト盤を作る計画といいます。

 このように音源が多数あれば、その場で販売するだけでなく、会場に来られなかったファンに売るといった展開も考えられます。

 いずれにしろ、奥田民生さんのライブは大成功し、「お持ち帰りCD」はお客さんにも評判が良くて瞬時に完売しました。これがどういう意味を持つのかというと、音楽産業にとってライブから発するビジネスの可能性が広がったということです。

 ライブイベントは例えば2000人など会場のキャパシティーしかそのビジネスの対象にしていませんが、演奏はワン・アンド・オンリーで価値があります。その価値あるものを会場を訪れた人達が楽しむだけでなく、ほかの人も楽しめるようになるということです。

 お持ち帰りCDのように、ライブの熱気をそのまま真空パックにしたようなものだったら、パッケージ自身が重要な価値を持ちます。パッケージの“外側”はただの入れ物ですが、その中には「普通のCDでは聴けない」とか、「ライブに行かないと聴けない」「ライブ会場でしか買えない」といったたくさんの価値が入っています。そういう意味で、同じCDでもまったく新しいジャンルといっていいでしょう

 従来からの編集して制作するCDというジャンル、そのほかにライブCDというジャンルもありますが、「お持ち帰りCD」は「ピュアライブCD」とでも言えましょうか。従来の「ライブCD」という概念とは違います。音楽産業全体の中ではパッケージは低下傾向ですが、パッケージじゃないと感動が感じられないという意味で画期的だと思います。

 もちろん、お持ち帰りCDもデジタル信号ですから、ファイルをサーバーにアップロードすればダウンロード購入という道もありますが、それはちょっと違うんですよ。その場でライブを見た、聴いた人が30分後にもう一回そこにいって引換券を渡して出来たてのCDを手にする。パッケージのデザインもちゃんと施され、まさに出来たてのスーベニア(お土産)なのです。

 しかも自宅に帰って聴いてみると、3時間ぐらい前に感じたばかりの熱気がよみがえります。そういうトータルの流れの感動がお持ち帰りCDにはあります。音楽の歓びをさらに倍加させてくれる1つの道具であり、そこにパッケージが持つエモーショナル(情感的)な、つまりパッケージじゃないと持てない感動性があります。