稼働率を高めるだけで価格破壊が成立する

 ミシュランの星つきレストランで修業し、名を上げたシェフが独立してオーナーとして自分の店を開店したときの様子をイメージしてみよう。  

 銀座は無理かもしれないが、麻布や広尾近辺に席数40席ほどの店を持ち、ひいきの客を引き連れて成功したとする。ミシュラン店時代とほぼ同様のスペシャリテを提供し、お店はそこそこ賑わい、客単価もひとり2万円ぐらい確保できたとする。一流シェフの独立としては上々のシナリオを描いてみると、このような状態である。  

 毎日が満席なら最高だが、高級店の場合で言えば、席の稼働が6割なら上出来と言えるだろう。計算してみると、このような成功シナリオの場合、1日の売上が50万円、1カ月の売上にして1200万円となり、独立は大成功となる。  

 実際にこのような成功となるケースは多くはない。私もひいきにしていたお店のシェフが独立したという話を聞いて、そのお店に行ってみることが結構ある。しかし、私以外に客が2~3組で、料理はおいしいのだが、お店のスタッフは少々手持ちぶさたというケースの方が多い。この客数では、厨房の弟子2人とホールスタッフ2名の給料を支払うのは大変だろうなと思う。そのような状況が、通常のケースである。  

 多くの場合、そこでオーナーシェフは経営のバランスというものに苦しみ、微妙に食材の仕入れを工夫したり(つまり、ミシュラン時代のような贅沢な仕入をあきらめたり)して、そこそこおいしく、そこそこお手頃なフランス料理の提供という線に落ち着いていく。いわゆる負のスパイラルというやつだ。それが少しだけ負のスパイラルで済めばお店は生き残っていけるし、本当の負のスパイラルに入ってしまうとやっていけなくなり閉店してしまう。そのようなお店もこの業界には多いのだ。

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 『俺のフレンチ』のビジネスモデルの着眼点は、お店の稼働率にある。お店の評判が高まって完成すると、実は『俺のフレンチ』の座席の回転率は一日3.5回になる。この数字は従来型のフレンチの高級店グランドメゾンの形態ではありえない。  

 グランドメゾンでは基本的に顧客は1日1テーブルあたり1組だから、回転率は1以下であり、4人掛けのテーブルにカップルが1組座れば、自動的に回転率は0.5回になる。だから、成功したお店でも、上記モデルのように1日の売上は50万円で止まってしまう。  

 『俺のフレンチ』はこの常識を打ち破ろうとしている。そもそもグランドメゾンだったら座席のキャパシティが40席になる28坪の広さのお店の収容人数が2倍の80名。しかも1Fはすべて立ち席。座席がある2Fは少しゆったりできるが、それでもテーブルは結構混み合っている。そして、立ち席の1Fでは、その気になれば客は長居をしてもよいが、2F席は2時間の時間制である。  

 2Fのテーブル席の場合、18時に予約を入れると20時には退席しなければならない。そして、20時からは別の組の予約が入っている。そのような仕組みで16時開店から23時閉店までに最低2回転、多ければ4回転できるように考えられている。  

 「ちょっと待ってくれ、そんなことを言っても、客が来なければどうするのだ」と思うだろう。そもそも『俺のフレンチ』の場合、客が来なければどうするのかは、前提として考える必要がない。ミシュラン店では1万5000円するスペシャリテが1280円で提供され、1本数万円はしそうなワインが酒販店価格+999円で提供されるお店だということを口コミでみんなが知った段階で客が来るのだ。  

 実際、『俺のフレンチ GINZA』の場合、予約が取れたのは開店直後だけで(つまり私がびっくりして2週間で5回通えたのはこの時期だったのだが)、あっという間に、18時~23時までの時間帯の予約は全部埋ってしまったそうだ。それでも食べたいという客は16時からの予約ならばまだ席は予約できるという状態だ。つまり座って食べることができる2F席はすでに3回転以上を達成していることになる。  

 もう1つの来店方法は、予約を受けていない1Fの立ち飲みの席に空きを見つける方法だ。銀座八丁目のお店に行くと、常に立ち席も満席なのだが、空きができれば、すぐにテーブルに通してくれる。これも18時前や22時近くの来店であれば、ふらっと立ち寄ったとしても、最高の料理に破壊価格でありつける可能性は低くはない。  

 しかし、立ち席は私のような年配だけではなく、若い顧客でも何時間ともなるとつらくなってくる。結局は最高のスペシャリテを堪能し、ワインでほろ酔いになった頃には、「続きは座って飲めるお店に行こうか」ということになる。結局のところ、どちらに転んでもお店の回転率は目標の3.5回転に近づくようなメカニズムに支配されているのである。  

 『俺のフレンチ GINZA』でたっぷり食事をして、いざ支払となると、私の場合はひとりあたり5000円で必ず収まった。これを平均の客単価だとして計算すると、3.5回転する日の1日の売上は140万円。1カ月の売上は3400万円。つまり回転率に着目することで、普通に独立して大成功しているシェフの3倍近い売上が達成できてしまうのだ。