世界中の子どもたちを夢中にさせてきたポケットモンスター=ポケモン。そのライセンス管理事業を中心に、ゲームソフト事業や店舗運営事業、カードゲーム事業、ライセンス管理事業、アニメ・映画事業などを一手に担うのが、「株式会社ポケモン」だ。
現在、ポケモンは「POKEMON with YOU」という支援活動を行っている。東日本大震災直後からのさまざまな被災地支援活動を発展させ、「こどもたちが明日に向かって夢や希望を抱いて過ごせる日が来るまで」の長期にわたる継続的な支援を謳う。実際に、2011年6月から被災地の復興支援を目的としたチャリティーグッズを販売。同7月からは「POKEMON with YOUツアー」として被災地をはじめ東北の地を訪れ、今春からは「POKEMON with YOU ワゴン」による訪問活動も実施。また2011年12月4日には、宮城県・仙台市にオフィシャルショップである「ポケモンセンタートウホク」をオープン。その活動は多岐にわたる。
こうした活動を推進してきたポケモンの社長、石原恒和氏は、ポケットモンスターが企画され、つくりだされ、商品として世に出てから、ずっと育て続けてきた人物だ。同時にポケモンの人気を支える子どもたちとも、常に向き合う立場でもある。そんな石原氏だからこそ、東日本大震災を機に、ポケモンの存在意義そのものを問い続けてきた。
石原氏は今、支援活動について、そして「震災後」についてどうとらえているのか。話を聞いた。
支援はタイムリーでなければならない

──東日本大震災当日、どこで何をしていましたか?
ポケモン 石原恒和社長(以下、石原):
地震発生時、本社の会議室で15名程度が集まっての開発会議をしていました。当然、打ち合わせは中断。少し収まっても余震は続き、オフィスのある森タワーは、制震構造により地震による揺れは低減しているはずながら、長時間にわたり船に乗っているような揺れが続きました。
まず社員の安否確認をしながら避難の是非などを検討し、現状把握を行いました。現在、このオフィスだけで140名程度の社員がいますが、関連する会社、直接仕事をする会社などを含めると都内全体でスタッフは300人程度になります。そこで、震源地・災害地の情報を集め、その地域におけるスタッフおよびスタッフの家族や親族の有無と、安否確認の可否を確認しました。
──支援活動も早かったと思いますが、すぐに行動に移せたのでしょうか?
石原:
被災地で何が起きているのか、何に困っているのかということは、すぐに考えましたね。それに対してポケモンという会社ができることが何かについても。
まずしたのは、やはり、日本赤十字社を通じての義援金の寄付です。
次に“ポケモンにできること”を考え、被災地のために動きたいと積極的に手を挙げる社員がすぐに出てきたので、彼らを中心に話し合い、“ポケモンが一番にできる支援は、被災地の子どもたちに対しての支援だ”と考えたんです。
ただ、震災直後は水や毛布など生活物資の要望に応えることになりましたし、例えばトイレットペーパーが足りない場所で、物資の中にポケモンのぬいぐるみが混ざっていても、「ぬいぐるみよりもトイレットペーパーを」という話にもなるんですね。あるいは、支援活動を行いたいからと現地に駆けつけたところで、かえって邪魔になってしまうこともあると分かった。現地の声に応えていくということの難しさを感じたこともありました。
しかし、生活物資に対して、状況が改善されてくると、「子どもたちのために、文房具など学習支援のための道具がほしい」という声が挙がってくる。これに対して、ポケモンとして、生活雑貨や学習道具などを供給することになりました。これは、支援はタイムリーでなければならないと実感した瞬間でもありました。
支援する側は、思い込みで行動してしまこともある。ところが東京にいて支援を考えると、そのことがわからなかったりする。その齟齬は、現地で人と人とのつながりを築き、コミュニケーションをとることで、解決していくしかないと思いました。
──そうして始まった支援活動が「POKEMON with YOU」になるわけですね。
石原: そうですね。例えば、これまでずっと定期的にやってきた「ポケモンスマイルスクール」という、全国の幼稚園・保育園をピカチュウが訪れ、遊びを通して友情や思いやりの大切さを学んでもらうための活動。これを2011年9月から、被災地向けの開催にシフトし、続けています。


















