引き継がれた「グイン・サーガ」

 「寅さんシリーズ」の新作映画が見たいと思っても渥美清さんはもうこの世にはいない。ホイットニー・ヒューストンやマイケル・ジャクソンのニューアルバムが聞きたいと思っても彼らももうこの世にはいない。しかし、そういった夢が技術的には叶う日がいずれやってくるだろう。

 西川きよし・横山やすしの新作漫才が放送されたことがある。CG技術で作ったやすしの映像の声を大平サブローが演じて再現したのだ。最新の音声のサンプリング技術を用いれば、サブローの物まね芸ではなく(これはこれで素晴らしい領域の芸なのだが)、まるで本人が生きているかのような新作を制作することが可能な時代である。

 とはいえ、マイケル・ジャクソンの場合はどうだろう。彼が生きていれば歌ったかもしれない新曲を作曲し、彼が歌っているかのように歌声を音声サンプリングで再生し、まるで彼が生きているかのようなダンス映像をCGで再現したとしても、それがマイケル・ジャクソンの新作であるとファンは受け取ることができるだろうか。

 一方で全く反対の実例がある。「サザエさん」も「ドラえもん」もどちらの作品も作者が亡くなって何年も経つが、いまだに新作が制作されており、ファンはそれを正統な新作として受け止めている。「ルパン三世」も故・山田康雄の声を引き継いだ栗田貫一作品が正統な続編として受け止められている。

[画像のクリックで拡大表示]

 いったい正統な新作、正統な続編とは何だろうか。正しい答えはないだろう。正当な著作者の手によって古くからのスタッフがかかわった続編作品であっても、ファンから100%の支持を得ることは無理である。一方で、偉大な作品の続編を求めるのもファンの心理である。残された著作権の継承者はこのジレンマに悩むものだ。

 今年2月に第1期が完結した「グイン・サーガ・ワールド」はこのジレンマに正面から向き合って、一定の成果を上げた取り組みだと私は捉えている。「グイン・サーガ」とは、ギネスブックには認定されていないが、日本人作家が書き上げた世界最長の小説である。そして多くのファンにとって最高レベルのSFファンタジー冒険小説である。

 グイン・サーガ第1巻は、作者・栗本薫の手によって1979年に刊行された。当初全100巻で完結とされていたが、2005年に100巻目が刊行されてもまだ物語は途中で、終わる気配すらなく、さらに大きな物語へと展開していった。そして2009年に作者が膵臓がんで逝去したことで、この物語は突然130巻で終了することとなる。

 さまざまな人々が、栗本薫という偉大な作家の死と同時に、取り残されてしまった。十数万人と推定される読者たち、巨大な物語の中でいきいきと活動をしてきた登場人物たち、そして、グイン・サーガの編集者であり、栗本薫のご主人でもある今岡清氏。皆、気持ち同じくして、物語の突然の終わりを迎えることとなってしまった。

 当初、今岡氏は「この物語の続編はありえない」と考えていたそうだ。全体のプロット案や制作ノートが残されているとはいえ、稀代のストーリーテラーである栗本薫の手によって、それらの物語は突然の変化をみせ、結局のところ、物語がどこに向かうのか誰にも予測がつかない状態となっていた。それを継げる者などいるわけがないというわけだ。

 そもそもグイン・サーガは栗本薫の手によるものだからこその作品であり、他の誰が書いてもそれはグイン・サーガにはならないという意見もある。だから、130巻で終了した正伝のその後が出るなどということを想像できる者は少なかっただろう。

 ところが、当の栗本薫本人が晩年、次のような文章を著している。

 「自分がもしかなり早く死んでしまうようなことがあっても、誰かがこの物語を語り継いでくれればよい。どこかの遠い国の神話伝説のように、いろいろな語り部が語り継ぎ、接ぎ木をし、話をこしらえ、さらにあたらしくして、いろんな枝を茂らせながら(後略)」

 この言葉を受け止めた今岡氏は栗本薫の手によらない「グイン・サーガ外伝」を世に出すプロジェクトの開始を宣言した。それが昨年5月から1年かけて4巻にわたって展開されたグイン・サーガ・ワールドという実験的な続編プロジェクトなのである。