ダイヤ改正で引退する車両の目玉(?)は、なんといっても東海道・山陽新幹線の100系、300系だろう。100系は1985年に「ひかり」としてデビューした車両。尖った鼻のようなシャープな先頭形状と、編成の真ん中に2両連結された2階建て車両が話題を集めた。300系は92年に「のぞみ」として運行を開始した車両。最高時速が270キロへと上がり、"東京を朝6時に出発すれば、大阪での朝9時からの会議に間に合う”ビジネスマンの頼もしい相棒となった。

 どちらも東海道新幹線の一時代を築いた車両だが、最近は後継の700系やN700系に押され、主な活躍の場は各駅停車の「こだま」へと移行していた。なかでも100系は、東海道新幹線区間からは2003年に撤退済み。岡山-博多間の運行となり、東京駅はもちろん、新大阪駅にも乗り入れることもなく、東京や大阪に住む人にとっては既に過去の車両になっている。

 記者は1月、最後の活躍の姿を見ようと福岡へと飛んだ。博多駅で久しぶりに100系を見て驚いた。「これが、子供の時に憧れだったひかり号なのか?」。目の前にあるのは、2階建て車両もなく、グリーン車も食堂車もない、わずか6両編成になった100系だったからだ。

 デビュー当時はどんな車両だったのか。ここ福岡には100系の開発に関わったメンバーがいると聞き、JR西日本に所属する新幹線車両の保守点検を行う博多総合車両所へと向かった。彼らの証言を基に、100系がデビューした80年代にタイムスリップしてみる。

「こだま」に使われている100系。特徴だった2階建て車両がなくなり、長さも6両と往時の半分以下に
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一番下に描かれた6両編成「こだま」のシルエットは100系。3月のダイヤ改正以降はすべての列車が8両以上になる
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