毎年3月に行われる、JRグループ各社のダイヤ改正。新型車両が華々しくデビューする一方、乗客が減少している列車や老朽化した車両が静かに姿を消していく。昨年は東北新幹線「はやぶさ」や山陽・九州新幹線「みずほ」「さくら」の運転開始など、“陽”の面が目立っていたが、今年は一転、“陰”の印象が強い。新型車両については特に大きな話題がないが、夜行列車では「日本海」「きたぐに」が廃止され(臨時列車化)、車両では東海道新幹線の100系、300系が引退するからだ。

 今回、引退する列車・車両は、1970年代、80年代、そして90年代に造られたものだ。乗ってみると、車内のそこかしこに当時の“香り”が残っている。それぞれの車両を通して、その当時の雰囲気を振り返ってみたい。

 まず最初に取り上げるのは夜行列車「日本海」。登場した70年代へタイムスリップしてみよう。

出発前の売店詣でが必須な食の事情

 「日本海」は大阪と青森の間を、その愛称の通り日本海に沿って走る寝台特急だ。記者が乗ったのは、青森発大阪行き。青森を夜の19時31分に出発し、大阪に着くのは翌朝の10時27分。実に15時間近く乗り続ける旅だ。寝転がりながら、のんびりと移動する。現代人が忘れかけている、ぜいたくな旅のように思えるのだが……そんな思いは、乗った瞬間に打ち砕かれるだろう。

 「この列車には、翌朝まで車内販売はございません。ジュース、お酒などの自動販売機もございません。途中の駅で購入することもできませんので、今のうちにホームでお求めください」

 出発前、こんな車内放送がまるで警告のように繰り返し流れる。

 もし、なにも用意せずに乗ってしまったなら、乗ってしまったが最後、一晩を飲まず食わずで過ごせというのだ(一応、冷水機だけは付いているが)。

 ないない尽くしは、食だけに限らない。まず、シャワーがない。そしてもちろんテレビはないし、電源コンセントもない。用意されているのはベッドだけだ。車内ではあまりにすることがないので、乗り慣れた客はさっさとベッドのカーテンをピシャリと閉め、寝に入ってしまうようだ。私の向かいの初老の男性もそうだった。

 ベッドは2段式のA寝台とB寝台。両者の違いはベッドの幅くらい。壁はクリーム色のプラスチックで、機能的だが暖かみは感じない。照明も蛍光灯で、ムードも何もない。それもそのはず、車両が造られたのは70年代半ば。高度成長期で、とにかく質よりも量が重視された時代だ。いかに効率よく旅客を運ぶか、という考え方が車内に色濃く反映されている。当時は、15時間かけて移動するのは、なにもぜいたくな旅というわけでもなく日常の移動だった、とも言える。

青森駅では出発前、多くの鉄道ファンが写真を撮影していた
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東京より北の青森駅で、大阪行きの表示を見るのは新鮮だ
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A寝台は中央の通路を中心に左右に並ぶ(左)。ベッドの幅は90cm前後(右)
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通路が端に寄っているB寝台(左)。ベッドは向かいあわせになっており、幅は70cm程度とやや狭い(右)
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 列車は青森を出ると、新青森、弘前、大鰐温泉、大館、鷹ノ巣、東能代、秋田と停車。各駅で数人の客を乗せていく。22時31分に秋田を出ると、車掌が通路のカーテンを閉めてまわり、消灯。もはや外も見られなくなったので、おとなしく寝ることにした。