自らブラウン管を持たないという事業基盤の弱さ…

 一方、三洋電機の代表的なテレビのひとつに「ズバコン」の愛称で親しまれたリモコン式カラーテレビがある。

 三代目社長である井植薫氏の「未来を先取りした商品開発」という方針のもとに開発された初のリモコン式テレビがこのズバコンだ。

 10メートル離れた位置から、チャンネル、ボリューム、電源の操作が可能で、さらに「ズバコン」という、リモコン操作でチャンネルをあわせるというわかりやすいネーミングも話題を呼んだ。

 また、1991年には、32型カラーテレビ「帝王」を発売。ハイビジョン時代をリードするテレビとして市場から高い評価を得たほか、1995年には3Dテレビ「C-32SD1」を世界に先駆けて製品化。96年にはインターネットテレビ「インターネッター」を、97年にはデジタルCSチューナー内蔵の「メディア帝王」を投入するなど、価格の優位性と、技術的な先進性を打ち出して、テレビ市場でのポジションを確立してきた。

 だが、三洋電機がテレビ事業において強い地盤を築くことができなかったのは事実だ。その背景には、自らブラウン管を持たないという事業基盤の弱さが見逃せない。

 電機メーカーの顔ともいえるテレビの基幹部品であるブラウン管を自社で生産するメーカーがどうしても優位に立つ構造にあった。垂直統合型のビジネスモデルの最たるものとされていたテレビでは当然のことだった。

 ブラウン管製造を行っていたソニーやパナソニックがテレビ事業で躍進するとともに、高い収益性を獲得。画像技術などにおいても先行してきたことと比べると、三洋電機のテレビ事業の立ち位置は、商品企画の斬新性や価格戦略による差別化などに主眼が置かれる傾向が強かった。

初のリモコンテレビとなったズバコン(画像クリックで拡大)

ズバコンのリモコン(画像クリックで拡大)