本コラムでは流行や社会現象の裏にあるメカニズムに光をあてていく。今回は牛丼戦争をとりあげたい。

 2011年の年明け早々、牛丼3社がそろって値下げキャンペーンに踏み切った。1月11日からの7日間、吉野家では111周年記念謝恩セールとして牛丼並盛りを380円から270円に値下げ。競合のすき家は同じ日程で280円の並盛を250円に、松屋フーズも牛めしの並を320円から240円にすることで対抗した。

 キャンペーンが終わった今でも、牛丼チェーンの安値は変わらない。吉野家は焼き豆腐や糸こんにゃくの入った牛鍋丼を開発して280円の価格設定で販売を始めたことで、今や牛丼3社どこでも200円台で食事ができる状況である。

 これだけの価格戦争が起きれば各社とも疲弊しそうなものだが、実はそうでもない。この戦争には「値下げを仕掛けると儲かる」というメカニズムが内包されているからだ。それを説明するのが今回のコラムの狙いである。

牛丼市場に見られる「囚人のジレンマ」

 牛丼戦争の値下げを先陣を切って仕掛けているのはすき家を経営するゼンショーだ。そのゼンショーの最新の中間決算は74億円の営業利益。2009年3月期の営業利益とほぼ同じ金額を半年間でたたき出している。値下げ2番手の松屋フーズも最新の決算は好調。少なくとも2010年8月の中間決算までの状況で一人負けしているのが、値下げに消極的な吉野家だ。その吉野家も9月から280円の牛鍋丼に踏み切って、少しだけ息を吹き返してきた。

 牛丼戦争のメカニズムを解説してみたい。キーワードはゲーム理論の世界で有名な命題である「囚人のジレンマ」だ。まずはその囚人のジレンマとは何なのかということから説明しよう。

 ふたりの犯罪者が逮捕された。ふたりは共犯である。警察はふたりを別々の取調室に隔離して、司法取引を持ちかける。ふたりが逮捕された軽微な犯罪容疑ではなく、警察はふたりが過去に共同で行ったもっと重大な犯罪の証拠を探しているのだ。ふたりとも黙秘をしていれば、懲役1年で済む。しかし、もしひとりが司法取引に応じて相棒の犯罪の証拠を証言すれば、その者は罰金刑に減刑され、相棒は懲役10年の重罪で起訴される。そして、もしふたりともが司法取引に応じれば、ふたりとも懲役8年になる(ふたりとも懲役10年相当の罪で起訴されるのだが、おのおの司法取引で若干減刑されるわけだ)。

 お互いの囚人は相手がどう出るかはわからないが、このルールをお互い知っているとする。ひとりだけ抜け駆けすれば片方が得をするが、ふたりとも抜け駆けすると結果としてふたりとも損をする。抜け駆けをするかしないか、囚人はジレンマに陥ることになる。

 ゲーム理論の研究によれば、このような状態の場合は囚人は常にふたりとも裏切りを選択するということが知られている。

 この囚人のジレンマには応用バージョンがあって、同時にではなく、交互に同じ状況を繰り返したらどうなるかという命題がある。この場合の研究結果では、最初に囚人Aが裏切って、次に囚人Bが裏切る。その後、ふたりは協調する(つまり、もうお互いに裏切らないと心に決める)というプロセスを経ることが、最もお互いの利益の総和を大きくするとされている。ちなみに裏切られた方が裏切り返すことから、このプロセスを「しっぺ返し戦略」と呼ぶ。