元「広告批評」編集長・河尻亨一氏が、消費者の心を巧みにつかむヒットメーカーたちのコトバから、時代の“ツボ”を探る。インタビュー&レビューの「ハイブリッドスタイル」で、“テック”な現代のトレンドをディープに読み解いていく。

世の中が“沸く”アイデアを

 今回紹介するヒットの仕掛人は嶋浩一郎氏。「博報堂ケトル」代表である。博報堂ケトルは、広告制作を手がけるクリエーティブエージェンシーだが、嶋氏はテレビ、新聞といった既成のメディアの枠にとらわれない斬新なヒット企画やキャンペーンをプロデュースしてきた。『企画力』『アイデアの作り方』といった著作もリリースするなど、広告業界きっての“企画達者”として知られている。

嶋浩一郎
博報堂ケトル 共同CEO クリエイティブディレクター/編集者。1968年生まれ。上智大学法学部卒、93年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局に配属され、企業のPR・情報戦略に携わる。01年から03年まで博報堂「広告」編集長を務め、04年に「本屋大賞」を立ち上げた。06年に博報堂ケトルを設立。最近の主な仕事は、社長島耕作就任キャンペーン(講談社、サントリー)、週刊少年サンデー・週刊少年マガジン50周年コラボ企画、Green Road Project(KDDI)、雑誌「『旬』がまるごと」「リバティーンズ」創刊・編集、赤坂経済新聞編集長など

 ちなみにケトルとは、あのケトル。「やかん」である。世の中を湧かすアイデアがグラグラ沸騰する場所、という意味で名付けたものらしい。

 嶋氏がプロデュースした主な仕事としては、全国の書店員がその年一番売りたい本を投票で決める「本屋大賞」や、人気マンガの主人公がビールを飲むシーンを駅張りポスターなどさまざまな媒体に登場させた「島耕作社長就任キャンペーン」(サントリー)などがある。いずれも“遊びゴコロを感じさせ、かつ販売に結びつく”プロジェクトと言えるだろう。

 なかでも、彼の発想を端的に知ることができる企画が、2009年の「少年マガジン・少年サンデー50周年キャンペーン」だ。版元の異なる少年マンガの草分け雑誌が同年に創刊されたことに着目し、50周年のイベントを合同で開催しようという企画。日本のマンガカルチャーを築いた両巨頭のコラボレーションは、ちょっとしたミラクルでもあった。

 このキャンペーンではさまざまなコラボイベントが開催されたが、とりわけ印象的だったのは、50周年記念号の表紙である。両誌の記念号を並べると、それぞれの人気連載(「はじめの一歩」と「名探偵コナン」)の主人公がガッチリ握手を交わす絵が現れ、少年マンガにふさわしい「友情」を演出するというものだ。

 こういった紙メディアとイベント連動型の企画は、コマーシャルや新聞広告メインのそれとはまた違う視点から出発しているのだと推察されるが、トラディショナルな広告コミュニケーションが壁にぶつかっているいま、ターゲットをしぼったうえで話題を喚起する、ある種のPR的手法は注目に値する。つまり、これは「広告に見えない広告」なのだ。「ヒットに見えないヒット」と言い換えてもよいかもしれない。

左に少年マガジン、右に少年サンデーの50周年記念号を並べると、「はじめの一歩」と「名探偵コナン」がガッチリ握手を交わしている絵に(2009年3月に創刊50周年を迎えた両雑誌の共同プロジェクト「チームウェンズデイ」発足記念記者発表会の様子)