2003年の監督就任以来、低迷していた全日本女子バレーボールチームを復活させ2大会連続の五輪出場を果たした柳本晶一氏。あくまでも「金メダル」にこだわる柳本氏に、日の丸を背負う重圧やストレス、その対処方法をうかがった。
(取材・文/本間志穂、写真/福島正造)
ストレスには頭のスイッチを切り替えることで対処する
柳本晶一(やなぎもと しょういち)。1951年生まれ。選手時代はセッターとして活躍。新日本製鐵、日新製鋼、東洋紡オーキス監督を歴任後、2003年より全日本女子監督に就任。2大会ぶりの出場権を獲得したアテネに続き、2008年の北京オリンピックでは5位という成績を残す。著書には『人生、負け勝ち』(幻冬舎)『力を引き出す―どん底から個人と組織を甦らせる』(PHP研究所)がある
――まずは北京オリンピック、お疲れさまでした。日本代表監督というプレッシャーは、やはり大きいものでしょうね。
柳本: 常に緊張感や重圧との戦いですよ。ナショナルチームを監督するということは、日の丸を背負うということですからね。
――大舞台を終えた今、ようやく肩の荷が下りたというところでしょうか。
柳本: ピタッと思考が止まってしまったというか、大失恋したときのような感じですね(笑)。大きな仕事を終えた後はいつもふぬけてしまうんです。昔は「温泉でも行ってリフレッシュしなきゃ」とか、「趣味でもつくらないと」って焦っていろいろ実行もしましたけど、効果はないんですよね。今はもう慣れてしまって、「この状態と付き合うしかしゃーない」と開き直ってますけど。
――ストレスのピークはやはりオリンピック直前だったのでしょうか。
柳本: 時間との戦いこそ、避けられない一番のストレスですよね。無限に時間が与えられていれば、もちろんストレスなんてありません。時間が限られているからこそ、できることとできないことがあって、ストレスも高まる。
オリンピックに向けては4年のスパンで選手を育ててチームづくりをするわけですが、いざ本番となると全然時間が足りないんですよ。取材で「手ごたえは?」と聞かれて、もっともらしいことを答えていても、本音では「あと1カ月くれ!」という気持ちでした(笑)。
でもこれはもう、スポーツというジャンルでは逃れられないものだから、うまく付き合っていくしかないですね。大切なのはどうスイッチを切り替えていくか、ということになるんじゃないかな。
――スイッチを切り替えるとは、具体的にはどういうことでしょうか。
柳本: 例えば勝てない時にやみくもにもがいても、そうそう良い結果は出ない。だから僕はシンプルに、「限られた時間に選手に何をさせるか、どう舞台を演出するか」だけを考えるんです。すると「こうしたらどうだろう、面白いんじゃないか」って新しいアイデアや可能性が見えてくる。子供っぽい性格なので難しく考え過ぎるより、自分が楽しみながら結果を出せる方法を探したほうがうまくいくんですよ。人には「奇抜なことばかりする」とあきれられていますけど。
今みたいにふぬけてしまった時も、「まあ、いつかまたよくなるよ」と開き直れるようになりました。逃げではなくて、必要なソフトランニングだと思うようになった。そうしているうちに、また次の仕事や目標が見つかるものなんですよね。











