仕事柄、世界中の舞台を観る。ニューヨークでも、ロンドンでも、もちろん日本でも。だが言うまでもなくすべての舞台が面白いわけではない。むしろハズレ作品に遭遇する確率のほうが多い。気づいたときには手に汗握り、固唾を呑んで、役者に見入っているなどという経験は1年に3回あったらいいほうだ。そして坂本昌行主演の『ボーイ・フロム・オズ』は、失礼だが、まったく期待せずに劇場に足を運んだものであったにも関わらず、気づいたときには完全にその世界にのめりこんでいた良作のひとつだ。

 なぜ期待値が低かったのか。理由は2つ。1つは筆者が個人的に、「ブロードウェイ」「ミュージカル」「ジャニーズ」とうい華々しい3単語に、あまりポジティブな印象を抱かないへそ曲がりな人間なため。そして2つめは、本作が日本人にはなじみの薄い豪州出身で同性愛者のシンガーソングライター、ピーター・アレンの人生を自伝的に綴る物語なため。二重の意味で観る前から少し「壁」があるように思えたのだ。だがこの壁は、1幕が終わるころには完全に撤廃されていた。むしろ、かたくなに色眼鏡な視点で舞台に臨んでいる自分がばからしく思えてきた。

 確かに主人公の坂本が、アロハシャツを着てマラカスをふって踊る姿には少し度肝を抜かれた。が、それは本作のほんの表面的な一部にすぎない。この作品でむしろ見抜くべきは、その表層的な明るさの裏につねに流れる人生の苦み。ここでは常に底抜けに明るいショーアップ場面に併走するかたちで、孤独、挫折、死、といった重量感のある感情が土石流のような速度で流れ、観る者の心を否応なくさらっていくのだ。

 そもそも、ピーター・アレンの人生そのものが極端な明暗の繰り返しだ。幼少期には父親に暴力をふるわれ、10代でショービジネス界に飛び込み、たまたま香港で出会ったジュディ・ガーランドに気に入られ、ニューヨークに渡り彼女の娘ライザ・ミネリと結婚。だが自分が同性愛者である事実に気づき、3年で離婚を決め、今度は同性の恋人と人生を共にするように。その頃から、ラジオ・シティ・ミュージックホールなどの大劇場で超満員の客を相手取り、エンターテイナーとしても成功を収めはじめた。

 だがその絶頂期のさなかに彼は、最愛の恋人をエイズで失い、自分自身もまた同じ病でこの世を去る運命にあることを知る――。まさに平均や安定という言葉からはほど遠い、栄光と挫折のジェットコースター人生。『ベント』などの作品で有名な脚本家マーティン・シャーマンは、この主人公の人生速度を失うことなく、かつ、個々の人物像をも深く掘り下げ、嗚咽を漏らさずにはいられないほど見事なライフストーリーを紡ぎあげる。ここ数年のミュージカルのなかでは、群を抜いて卓越した脚本だ。

ボーイズ・フロム・オズ
演出:フィリップ・マッキンリー
振り付け:ジョーイ・マクニーリー
出演:坂本昌行、紫吹淳、IZAM、団時朗、今陽子、鳳蘭ほか
公演スケジュール
2008年10月5日(日)〜10月14日(火)東京・青山劇場
2008年10月23日(木)〜10月26日(日)大阪・シアターBRAVA!
SS 1万2000円 S 1万1000円 A 9500円
※10月8日(水)は休演。