多数の携帯電話情報メディアの立ち上げや執筆に関わってきた木暮祐一氏が、ケータイのトレンドを解説する。

 3月3日、三菱電機が携帯電話事業から撤退するというニュースが各メディアで報じられた。ケンウッド、パイオニア、ビクターなど、消えていったブランドは少なくない。最近では三洋電機の携帯電話事業部門が京セラに売却されたという話題もあった。さらに3月10日は、ソニー・エリクソンがNTTドコモ向けの端末供給の見直しを行うとの報道もあった。

 三菱電機といえば、ケータイ端末を製造するメーカーとしては最古参グループのひとつであるし、ソニー・エリクソンは世界でも4位のシェアを誇る大メーカーである。そんなメーカーがNTTドコモ向けの端末製造を取り止めていくという動きが出てきたことに、携帯電話業界関係者は驚きを隠せない。

 端末メーカーの歴史を振り返ると、1979年にわが国で最初の自動車電話サービス(TZ-801A)が提供開始された際にNTTに無線装置を納入したのが、NECと松下の2社である。その後、小型の自動車電話無線機として1982年にTZ-802D型が開発され、これを製造したのがNEC、松下に加え、三菱電機、富士通、日本無線、モトローラ、沖電気であった。三菱電機は、この時からNTT(のちNTTドコモ)の自動車電話、携帯電話の製造を委ねられるメーカーとして参入したのである。この時期に参入した各メーカーは、のちに「ムーバメーカー」と呼ばれるようになり、NTTドコモと「共同開発」する位置づけのメーカーとして、他のメーカーとは別格の扱いでケータイを開発、製造していったのである。

 その後、1989年に参入したセルラーグループ(現在のau)への端末納入メーカーとして京セラ、東芝、日立、ソニーなどが参入、さらに1994年に始まった「お買い上げ制度」(現在のように自由にケータイを購入できる仕組み、それ以前はレンタルでしかケータイを利用できなかった)と、ツーカーグループ、デジタルホングループ(現在のソフトバンクモバイル)参入などによって端末メーカーはさらに増え、三洋電機、日本電装、NOKIA、ケンウッド、シャープ、パイオニアなどが端末を供給するようになっていった。

 1994年から1998年ぐらいまでにかけては、年々倍々増の勢いでケータイ加入者が増えていき、高嶺の花だったケータイは一気に庶民の道具へと普及を遂げていった。そのケータイ普及期を支えたのが、これら多数の端末メーカーであったといえよう。ところがケータイの普及が一段落すると、ケータイ端末の販売台数の伸びは一段落し、端末メーカーも苦戦を強いられるようになっていった。2000年以降、デンソー(日本電装)、ケンウッド、パイオニアなどが撤退、ソニーはスウェーデンのエリクソンと新会社を設立するなど、端末メーカーの再編が始まりだした。