某テレビ局が独占中継する某映画大賞に、他局からのブーイングがすさまじい。たしかに、予想を裏切って(あるいは予想通りに?)そのテレビ局が製作した作品が賞を総ナメにした。
結構、由緒のある映画賞で、1978年創設だから、30年の歴史があるのだが、ここへきて、つらい状況になってしまった。去年はアッと驚くインディーズ作品が作品賞を獲得したが、それも「一昨年の、(今年と同じような)そのテレビ局製作映画が賞を総ナメにしたことを隠す迷彩ではないか」(某テレビ局役員)と、勘繰れば思えなくもない。レコード大賞もそうだがこういう例が続くと、賞のありがたみは薄れ、「その賞をとってもどうってことない」と授賞式に参加しない人たちが出現してくるのが世の習いだ。
本家の米国アカデミー賞のすごいところは、たとえば監督賞は監督同士でガチで投票して決めることだろう。
もやもやしていたときに赤坂のホテルで、某夕刊紙主催の、北野武が独断と偏見で選ぶ、映画賞授賞式があった。
もともとがシャレで始まった映画賞で、笑いをとるのが目的とはいえ、映画に一家言のある北野武が実質「一人で決める」ほうが説得力がある。
ステージでは北野武と松本人志の珍しいツーショットもあった。シャイな二人が壇上で語り合い「映画っていいなあ」と思えたのだ。
(文/エンターテインメント評論家 麻生 香太郎)
【初出】日本経済新聞、2008年3月8日夕刊
※「テレビの壺」は麻生香太郎氏が日本経済新聞、土曜日の夕刊に連載中のコラムです。日本経済新聞に掲載後、麻生氏および日本経済新聞社に許可を得て転載しております。











