日本ではあまり観ないけど、外国に行けば必ずミュージカルを観る。いつ頃からか、そんな友人たちから「今なら何がおすすめ?」という個人相談を受けるようになった。こうした質問からも分かるように、別に彼/彼女たちは格別、演劇文化に親和性を抱く人々ではない。ただメジャーリーグや巨大美術館や観光名所を観てまわるのと同じ感覚で「ミュージカル詣で」をするのだ。言うまでもなくブロードウェイやウエストエンドのロングラン(長期興行)システムは、こうした「ミュージカル観光客」の存在によって支えられている。なので私はこうした観客の好奇心を推進こそすれ咎めだてする気はもうとうない。そもそもエンターテイメント文化とは、なるべく間口の広い観客に届いてしかるべきものだし、どんな形であれ演劇文化の裾野を広げるのであればそれはむしろ讃えるべきことだと思う。

 ただし問題になるのは、こうした集客事情をつくり手側が意識的に内在化してしまうこと。つまり「こういう舞台を作れば絶対に面白いはず!」という創作者としての健全な衝動を持つまえに「こうした舞台を作れば必ずヒットする!」というマーケティング的観点が先走ってしまうと、その作品からは舞台の核ともいえる魂が抜け落ち(つまり多くの場合は失敗作となり)、長期的な視野で見たときに観劇人口を減らす悲劇につながる。

 なのでいかに娯楽産業といえどもクリエイター側は、ただ市場ニーズに応えるような収支先攻型の舞台を作るのではなく、なんらかの新しい視野や刺激的な知見を観客に与えるという、発火力のある創造的挑戦心をもって創造にのぞむべき。そういえば英国演劇界きっての知的冒険心にとんだ演出家マイケル・グランデイジも以前、あまりに商業主義に走る自国の演劇界を嘆いて「僕がやろうとしてることなんてボックス・オフィス・ポイズン(興行的に毒)だって言われて人に止められるんだ」と自嘲気味に地元紙のインタビューで語っていた。(でもグランデイジのクレバーなところは、きちんとその創作性と興行的成功を両立させているところ。たとえば来年にはジュード・ロウ主演で王道古典『ハムレット』をやるらしい。まあ、これはまた別の話…)

 で、こうした長い前ふりを置いたうえで今回ここで”反面教師的に”とりあげたいのはミュージカル『ロード・オブ・ザ・リング』。そう、あのトールキンによる名作ファンタジーの舞台版だ。反面教師的に取り上げる、なんて物を作る人間に対してはなはだ失礼な話だけれど、こればっかりはしょうがない。だって先月ロンドンの劇場でこの舞台を目の当たりにして「これほど実のない舞台も珍しい…」と逆の意味で震えてしまったぐらいなのだから。とにかく一瞥して思ったのは、この舞台は人間ドラマではなくただの大型アトラクションのようだということ。プロデューサーのケヴィン・ウォレスは『シェイクスピア・ミーツ・シルクドソレイユな舞台を作りたい』と語っていたけれど、明らかに前者の思索的スリルはこの舞台からは抜け落ちている。また後者の要素に関しても物量的なデーターーたとえば50人の役者と19人のミュージシャンと60人のスタッフが常時舞台上で奔走し、504着の衣装と256回の衣装チェンジがあり、ラスベガス以外のシアターシーンでは史上最高額となる約27億円の制作費が投じられた事実――、は世界的な成功をおさめたモントリオールのサーカス集団と五分に渡り合うものがあるが、その大枚分の効果が本番の舞台で十全に発揮されているかと問われたら、これはもう小首をかしげるしかない。要するにNYタイムス劇評家ベン・ブラントリーの言葉を借りるならこれは「多額の金が投入された、大部分が理解不能なミュージカル」なのだ。