いま人類を脅かしているものの一つに、「感染症」があります。感染症というのは、寄生虫、細菌、真菌など病原性微生物や、ウイルスなどの病原体が体内に侵入して増殖し発症する病気の総称です。例えば、冬になると猛威をふるうインフルエンザはウイルス感染症の一つですし、結核、コレラなどは細菌性感染症になります。世界では、感染症による死亡者はすべての死亡者数の2割以上を占めているほどです。

 こうした感染症のなかでも、人間だけがかかるのではなく、動物から人に感染したり、逆に人から動物に感染するものがあります。それが「人獣共通感染症」と呼ばれる病気で、今後いやでも耳に入ってくるようになるでしょう。

 人獣共通感染症というのは、なじみのない言葉かもしれませんが、この言葉の意味を知っていれば、鳥インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)のニュースの裏にある生物学的な背景や、感染症が流行するしくみがぐっと理解しやすくなります。

 例えば、エボラ出血熱は人獣共通感染症です。また、腺ペスト、黄熱、サル痘、ウシ結核、ライム病、ウエストナイル熱、マールブルグ病、インフルエンザの多くの株、狂犬病、ハンタウイルス肺症候群、そしてマレーシアでブタと養豚業者を死に至らしめた「ニパ」という新たなウイルスによる感染症も、すべて人と動物の両方がかかる病気です。

鎮静剤でおとなしくなった若いアカゲザル。この後、結核やはしかなど、人間のかかる病気に感染しているかどうかを調べる。人間からサル、サルから人間に病原体が自由に行き来しだせば、感染症の大流行が起こるおそれがある
Photograph by Lynn Johnson (c)2007 National Geographic(画像クリックで拡大)

 実は、病原体が別の種にうつること自体は珍しいことではありません。人がかかる感染症の約60%は動物もかかるのです。その中でもとくに知られているのが狂犬病で、多くの地域に広がっており、発病後の死亡率はきわめて高い病気です。人間や犬はもちろん、ネコ、アライグマ、キツネ、コウモリ、リスといったあらゆる哺乳類に感染し、発病すると死亡率はほぼ100%で、治療法はないという非常に危険な人獣共通感染症です。根絶・抑制に向けて何世紀も人々が努力し、国際社会が協力して取り組み、感染と発病のしくみが科学的にはっきり解明されているにもかかわらず、いまだに数多くの人々が狂犬病で亡くなっています。