斬新でちょいと手厳しい視点が好評の、モード界ネタ。今回はミュージシャンから大御所デザイナーまでが、その才能を絶賛する、ディオール・オムの前クリエイティブ・ディレクター、エディ・スリマンをピックアップ!

 ディオール・オムを辞めたエディ・スリマンが、新しく立ち上げられるシャネル・オムのデザイナーに就任するという噂は、夏頃からネット上に出回っていたが、いかにもありそうな話だけに、あんまり本当らしい感じがしない。

 カール・ラガーフェルドが、ディオール・オムの細身のスーツを着るために、13カ月かけて42kgのダイエットに成功したというのは、よく知られた逸話だが、レディースを手がけたかったから、というエディの辞任の理由を真に受けるならば、シャネルでこそ、いよいよそれは難しいはずである。

 エディの片腕として、鳴り物入りで彼の跡を継いだクリス・ヴァン・アッシュの最初のコレクションは、なんというか、今後に期待という感じだったが、実際、エディが続けていたとして、あの先に何があったのだろうか。

 私は業界の人間ではないから、大した知識もなく、単なる物好きで毎シーズン、コレクションをチェックしているが、モードをそうして、見て楽しむという意味では、当たり前の話だが、メンズよりもレディースの方が断然面白い。そもそも、出来ることの範囲が違うわけで、メンズはどうしても、自分で着るという視点で見てしまいがちだが、しかし、エディ時代のディオール・オムはちょっと別だった。

 エディの最後のコレクションを特集した『ポパイ』の回顧ページを眺めながら、私は、マーケットが本当に熱狂し、フォローできたのは、グラムロックをテーマにして、金色のブーツが一際目を引いた2005-6年の秋冬までだったんじゃないかという、これまでなんとなく抱いていた印象を再確認した。日本でも、その辺りが人気のピークだった。

 私は、高度に洗練されたメチエの支配するジャンルの、最新の最も洗練された体現者が、「ストリート」と交わる瞬間に、いつも興味がある。

 「ストリート」という概念は、下方に広がる一種の「肥沃さ」である。バルセロナ時代のピカソが、王立美術アカデミーで身につけた完璧な画技を棄て、モダニスムに手を染め始めた時、あるいは、マイルス・デイヴィスが、「黄金のクィンテット」を解体してエレクトリック・バンドへと移行してゆく時、そこにあったのは、まさしくこの興奮である。

 小説の場合、それはいつでも「言文一致」であり、その意味では、ネットは今、渋谷の街角以上に新しい「ストリート」と言うべきだろう。