かつて(もう15年くらい前まで)は一眼レフと何本かの交換レンズを持っていた。が、ぼくは旅先にカメラを持っていくことがあまりなかったし(だから、ツーリング写真がほとんどない)、持っていくときはもっぱらコンパクトカメラばかりだったので、自分には無用のものと見切りをつけた。

 ことカメラに限らず、恋い焦がれて手に入れたのに実のところ持て余したり、埃がかぶるにまかせているモノって、いろいろありそうな気がする。もしかすると、CDなどは今の半分以下に減らせるかもしれない。まあ、半分に減ったところで、部屋のスペースがさほどひろがるわけでもないから、どうでもいいが。

 一眼レフと縁のない生活を十年以上もしているうちに、世の中はデジタル一眼レフの時代になった。その変化は仕事仲間のフォトグラファーが持っているカメラを見て、ちゃんと掴んでいた。
「○○さんもとうとうデジタル一眼レフにしたんですね」
「編集部からそういう要請が増えてきたので、仕方なく」
 当初は「仕方なく」という但し書きが付いていたが、このところそんなこともなくなった。
 とはいえ、デジタルに一本化されたのであればともかく、現在のところ銀塩との二本立ての状態がつづいているから、プロのフォトグラファーは大変だ。

 それはともかく、ぼくが一眼レフを持たなくなった最大の理由は、大きくて重いせいだった。広角標準系ズームレンズを本体に付け、標準望遠系ズームレンズとストロボを持つと、それだけでタンクバッグが満杯になる。

 ちなみに申し添えておくと、宿に泊まるならタンクバックひとつあれば2、3日はツーリングできる(キャンプだと荷物が増えるので、そうはいかない)。
 写真を趣味にしているならともかく、ぼくは荷物を減らすコンパクトパッキングに生き甲斐を見いだしているから、カメラにそれだけのスペースを与えることはできなかった。

 コンパクトデジカメの性能がずいぶんよくなったので、ぼくはとても助かっている。ぼくが撮る写真はメモ代わり程度のものだから、今使っているオリンパス「μ720SW」を本当に重宝している。

 が、心が動くカメラが発売された。ぼくが使っているコンパクトデジカメと同じオリンパスの「E-410」がそれだ。

自転車でも旅をするので、軽くて小さいことがカメラ(カメラ以外の持ち物についても)を選ぶ際の必要最低条件になる。その点、E-410(右、左はニコンの「D200」)はご覧の通りの大きさだし、軽い。それも、ただ軽いのではなく、質感も高く、心地よい手応えがある。正直、持ったとたんに「ほ、欲しい」と物欲の薄いぼくも気持ちが揺らいだ

(以下、来週に続く)

筆者紹介 斎藤 純(さいとう・じゅん)
 作家。1957年岩手県生まれ。立正大学文学部卒。大学卒業後、コピーライターの傍ら、出版社に投稿を続け、84年『辛口のカクテルを』で北の文学最優秀賞を受賞。88年『テニス、そして殺人者のタンゴ』でデビュー。91年小説家として独立、94年『ル・ジタン』で日本推理作家協会賞。2005年『銀輪の覇者』が「このミステリーがすごい 05年版」でベスト5に選出された。主な著書に『オートバイの旅は、いつもすこし寂しい。』『モナリザの微笑』などがある。
 毎月出かけるいろいろなコンサートや展覧会での感動体験を綴ったエッセイが岩手めんこいテレビ公式サイト「目と耳のライディング」で好評連載中。また、斎藤純さんご自身のブログも随時更新中です。