念願がかなって「OKI 125th Anniversary アントニオ・ガデス舞踏団公演」を2月24日(土)、25日(日)の二日間にわたって観てきた。

 まず、24日(Aプログラム『カルメン』)のことから。

 ビゼーのオペラ『カルメン』は、メリメの小説をもとにしている(台本はメイヤックとアレビー)。二人ともフランス人なので、フランス産のスペイン物といっていい。アントニオ・ガデスが舞踏劇に構築することによって、真のスペインの血が注がれたわけだ。
 それは、有名なビゼーの音楽に、フラメンコの楽曲を加えたという面にとどまらず、カルメンという女性の内面にも踏み込み、これまでとは別のカルメン像をつくることにもなった。
 ガデスが描くカルメンは、尻軽女でもファムファタールでもない。「愛に命をかけた女」なのだ。

 舞踏作品『カルメン』は、『カルメン』のリハーサルシーンからはじまる。幕開けの群舞からぼくはガデスの世界に引き込まれ、45分間、心地よく酔わせてもらった(途中、休憩はない)。  ステージに勢ぞろいしたキャストに拍手を贈りながら、まるでぼく自身も踊ったような疲れも感じていた。大急ぎでお断りするが、それは決してネガティヴな意味の疲労感ではない。むしろ、それに浸っていることが心地いい感覚だ。ステージのテンションが高かったことの証だろうと思う。

 カルメン役のステラ・アラウソは、かつてガデスの相手役としてこの役を演じている。そのころは、ガデスから教わる立場だったが、今回は芸術監督として、総勢20名のアントニオ・ガデス舞踏団を率いての来日だ。
 そのプレッシャーも大きいと思うが、もっと大変なのは、ガデスの後継者に選ばれたアドリアン・ガリアだ。

 ガデスの生の舞台をぼくは観たことがないが、タイプが違うのは明らかだ。ガデスに似せることが目的ではなく、アドリアンならではの個性を生かそうということなのだろう。

 とはいえ、アドリアン自身が「ガデスが遺したスタイルは法典のように細部まで決まっている」と語っているように、重責であることに変わりはない。

 24日は初日ということもあって、日本の観客が新生アントニオ・ガデス舞踏団をどんなふうに受け止めるか、期待と不安があったことと思う。
 熱狂的な拍手を受けてアンコールに応じるあいだもステラ・アラウソは笑みを浮かべなかった。アンコールもきっちりとつくられたもので、アンコールも含めての『カルンメン』という舞踏劇なのだ。
 鳴り止まぬ拍手の中、最後の最後にステラ・アラウソがとてもチャーミングな笑顔を見せた。そのとき、客席から一段と大きな拍手が起こったことを、ぼくはこの先何年経ってもきっと思いだすだろう。

 Bプログラム『血の婚礼』、『フラメンコ組曲』については来週書きますが、この公演、どちらも観ておくべきですね。どちらかを選ぶなんてことはできません。両方とも一押しです。

 なお、本公演の公式ブログもありますので、ご参照ください。

気位が高く、鼻っ柱も強い。でも、ひとたび恋に落ちるや、身も心も捧げる。激しさと脆さを併せ持つカルメンを、新生アントニオ・ガデス舞踏団の芸術監督でもあるステラ・アラウソは全身全霊でもって表現しきった。その存在感と求心力に、ぼくはただただ圧倒された

(つづく)

筆者紹介 斎藤 純(さいとう・じゅん)
 作家。1957年岩手県生まれ。立正大学文学部卒。大学卒業後、コピーライターの傍ら、出版社に投稿を続け、84年『辛口のカクテルを』で北の文学最優秀賞を受賞。88年『テニス、そして殺人者のタンゴ』でデビュー。91年小説家として独立、94年『ル・ジタン』で日本推理作家協会賞。2005年『銀輪の覇者』が「このミステリーがすごい 05年版」でベスト5に選出された。主な著書に『オートバイの旅は、いつもすこし寂しい。』『モナリザの微笑』などがある。
 毎月出かけるいろいろなコンサートや展覧会での感動体験を綴ったエッセイが岩手めんこいテレビ公式サイト「目と耳のライディング」で好評連載中。また、斎藤純さんご自身のブログも随時更新中です。