昨年、盛岡でアイーダ・ゴメス・スペイン舞踏団の公演があった(2006年4月18日、岩手県民会館大ホール)。演し物はアイーダ・ゴメスの振り付け、ホセ・アントニオ・ロドリゲスの音楽による新作「カルメン」とカルロス・サウラ監督の映画「イベリア 魂のフラメンコ」から抜粋した組曲だった。

 アイーダ・ゴメスはスペイン国立バレエ団(ここはバレエ団といっても、クラシックバレエではなく、スペイン伝統舞踏やフラメンコが主のモダンバレエ団だ)在籍中に、アントニオ・ガデスと「血の婚礼」を踊っている(その後、ゴメスもガデスもそれぞれ独立し、自分の舞踏団を結成した)。

 官能的というよりも「R15指定」といってもいいような濃厚なエロティシズムに満ちた内容だった。
 これはぼくの心に深く刻まれた好ステージだったが、ただ一点、音楽が生演奏ではなかったことが悔やまれる。
 大がかりなオーケストラ・パートは録音でも仕方がないとしても、フラメンコの部分はミュージシャンを連れてきてほしかった。その点、今度のアントニオ・ガデス舞踏団はちゃんと生演奏(一部、録音)だ。

 ぼくはフラメンコ・ギターを聴くと、血がざわざわと騒ぐ。ただ、それは決して祝祭的な感覚ではない。何ともいえない悲しみ、あるいは切なさにもにも襲われる。
 同じような感覚に、津軽三味線を聴いたときにも襲われる。

 フラメンコは津軽三味線とどこか似ている。
 こんなことを言うと「何を馬鹿な」と笑われるかもしれない。フラメンコといえば派手な衣装を着て、床を踏み鳴らして踊るダンスから情熱的なイメージが強く、われわれ東北の人間とは最も遠いところに位置している音楽と思われがちだ。
 それは違うような気がする。

 フラメンコを生んだのは、ヒターノ(ジプシー)だ。差別され、虐げられてきた歴史がフラメンコには秘められている。われわれ東北人も長いあいだ差別され、虐げられてきた。なにしろ、ほんの20年くらい前までは、「日本のチベット」などと呼ばれていたのだ。
 そんな東北で、さらに差別を受けていた人々が津軽三味線を生んだ。そういう共通点がある。
 その音楽からも明らかな共通点を見つけることができる。フラメンコ・ギターと津軽三味線はどちらも超絶技巧を要するし、ここぞというときの見栄の切り方も似ている。歌唱法もコブシの効かせ方や、メリスマ(母音を伸ばしてメロディにのせる)は日本の民謡と重なるだろう。

 また音楽の話になってしまったが、思いが叶ってアントニオ・ガデス舞踏団来日公演に行くことになった。
 24日、25日の二日間で「カルメン」、「フラメンコ組曲」、「血の婚礼」を観る予定だ。公演日程などの詳細はこちらをご覧いただきたい。

津軽三味線の歴史は、大條和雄氏の長年の研究によって、ほぼ明らかになっている。それによると、津軽三味線は明治期に誕生している。津軽三味線が登場する以前、日本には雅楽を除いて「器楽曲」はほとんどなかった。津軽三味線は日本音楽史において革命的なものと言っていい。同様にフラメンコ・ギターの歴史も、われわれが思っているほど古くはなく、おそらく津軽三味線と同じくらいの歴史らしい。ただし、津軽三味線にもフラメンコ・ギターにも、それぞれその源となる音楽がもちろんあった

(「ステラ・アラウソが演じるカルメン」につづく)

筆者紹介 斎藤 純(さいとう・じゅん)
 作家。1957年岩手県生まれ。立正大学文学部卒。大学卒業後、コピーライターの傍ら、出版社に投稿を続け、84年『辛口のカクテルを』で北の文学最優秀賞を受賞。88年『テニス、そして殺人者のタンゴ』でデビュー。91年小説家として独立、94年『ル・ジタン』で日本推理作家協会賞。2005年『銀輪の覇者』が「このミステリーがすごい 05年版」でベスト5に選出された。主な著書に『オートバイの旅は、いつもすこし寂しい。』『モナリザの微笑』などがある。
 毎月出かけるいろいろなコンサートや展覧会での感動体験を綴ったエッセイが岩手めんこいテレビ公式サイト「目と耳のライディング」で好評連載中。また、斎藤純さんご自身のブログも随時更新中です。