"Because the number of birth-giving machines and devices is fixed,"
「子供を産む機械、装置の数は決まっている」という表現は、BBC Newsによると上記のようになるらしい(原典はこちら)。改めて英語で読むと、実にグロテスクな表現だ。実在する民主主義国家の大臣の発言というより、『1984』(ジョージ・オーウェル著)や映画『未来世紀ブラジル』(テリー・ギリアム監督)のようなフィクションに出てくる全体主義国家の官僚の台詞じゃないか。
他人から「お前は機械だ」と言われて、まったくその通りですと引き下がるわけにはいかないものの、「どうせ俺なんて機械みたいなものさ」といった自嘲を迫られる場面、「これならいっそ機械にでも」と自虐的な気分に苛(さいな)まれることは、長く人生をやっていると幾度となくあるものだ。それに若い時分には、情緒的にちまちまと考えるより、唯物論的にばっさり割り切った方が簡単でいいと考えることもあるだろう。
ポップミュージックの世界というのは、実はそういうひねくれた目線の宝庫でもある。自虐に自嘲に割り切りに開き直り。人間が機械だなんて当たり前。むしろ積極的に機械になりたいと言って人であることを捨てるような考え方が溢れている。たとえば、それが初期におけるテクノミュージックの原動力だったのではないか。と、私は思うわけなのだ。
というわけで今回は人間を機械になぞらえた曲を聴いていきましょう。こういう機械、じゃなくて機会が得られたのも柳沢さんのおかげだ。ありがとう! 次の選挙には必ず行くぜ!
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| ■「テクノ」という言葉がなかった時代の“機械になりたい願望” |
まず私の記憶が正しければ、機械になりたいというタイトルの曲を最初に歌ったのが、イギリスのロックグループ、ウルトラヴォックス!(Ultravox!)だった。77年のデビューアルバム『Ultravox!』に収録されている『I want to be a Machine』がそれだ。
| ▼ I want to be a Machine / Ultravox! |
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| ▲ 1stアルバム『Ultravox!』に収録。「iTunes」と「mora」ではリマスター版と通常版が選べる。「Napster」は通常版のみ。なぜか「mora win」にはミッジ・ユーロ時代のものしかなかった。うるさいことを言うと1stと2ndのアーティスト名には「!」が付く |
Ultravox!のデビューアルバムはブライアン・イーノのプロデュースということで話題になったが、音楽スタイルとしてはまだグラムロックの尻尾を残していたし、同時期に『Marquee Moon』(1977年)でデビューしたアメリカのテレヴィジョン(Television)に呼応するタイプのバンドのようにも思われていた。しかし同年リリースの2ndアルバム『HA!HA!HA!』は、当時売り出し中だったスティーヴ・リリー・ホワイトをプロデューサーに迎え、ハードエッジなニューウェイブ的スタイルを展開して独自の路線へ進んでゆく。
“機械になりたい願望”を示すような音楽が全世界、同時多発的に広がっていくのはこの後からだ。Ultravox!がデビューした翌年の78年には、まずドイツのジャーマン・プログレッシヴ・ロックグループ(当時はそんな風に呼ぶしかなかった)のクラフトワーク(Kraftwerk)が『The Man-Machine』を発表。この辺りから、クラフトワークの人たちはロボットのように立ち振舞うポップな芸風にチェンジしていく。
同じ年には、アメリカのオハイオ州からディーヴォ(DEVO)が登場し、ブライアン・イーノのプロデュースで1stアルバム『Q:Are We Not Men? A:We Are Devo!』をリリース。彼らはもう最初から機械のようにカクカクと動き回っていた。メンバーの名前もふるっていて、2人いるギタリストの名前が、それぞれ「ボブ1号」、「ボブ2号」といったのも笑えた。これはそれぞれ置き換え可能な存在、すなわち機械のようなものであることを示していたのだろうか。
| ▼ Kraftwerk | ▼ Club Devo |
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| ▲ 国内主要配信サイトにあるのは初の公式ライブアルバム『Minimum-Maximum』(2005)のみ。これも素晴らしいアルバムだが、なんとあの名作『The Man-Machine』をどこも扱っていない。なんということだ! とりあえずイカシた公式サイトをお楽しみください(http://www.kraftwerk.com/) | ▲ 国内主要配信サービスで1stアルバム『Q:Are We Not Men? A:We Are Devo!』を扱っているのはNapsterのみ。去年は子供にディーヴォのカバーを演らせたDevo 2.0が話題になったものの、国内の配信なし。いけませんなぁ(http://www. |
78年のウルトラヴォックス(3ndアルバムからは「!」が付かない)は、ドイツの超大物プロデューサー、コニー・プランクを迎えて3ndアルバム『Systems Of Romance』を制作。シンセサイザーを大幅に導入してエレクトリックポップの原型を創り上げた。しかしこのアルバムを発表した後、中心メンバーのジョン・フォックスが脱退してしまう。
このバンドが商業的に成功するのは、元リッチ・キッズのミッジ・ユーロが加入した『Vienna』(80年)からとなる。彼はニューロマンティックブームのさきがけとなるヴィサージにも参加し、また同じ時期にシン・リジーのツアーにも同行していた。だからウルトラヴォックスも一時的なセッションかと思われたが、これで一躍バンドの顔に。アルバムは前作同様コニー・プランクがプロデュースを担当。シンセサイザーやシーケンサーをベースにしたテクノ路線をより明確に打ち出し、かつメロディーラインを強調した曲調、アレンジになった。
と、ざっと思いつくものを書き出しただけでも、77年から78年にかけての動きは忙しい。ちなみに、パーソナルコンピュータの始祖でもある「Apple II」やコモドールの「PET2001」が登場したのは77年。当時の8ビットプロセッサでできることはたかが知れていたが、こうしたテクノロジーの登場が、音楽を創る側の気分に影響したのは疑う余地がない。そして当然ながらそれ以降のテクノミュージックは、こうしたコンピュータ・テクノロジーの勃興によってもたらされていくわけであった。
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筆者紹介 四本淑三(よつもと としみ) 1963年生まれ。高校在学時に音楽雑誌「ロッキング・オン」などでライターとして活動。70年代末の音楽事情にだけ詳しい。森元首相の「寝ていてくれれば」発言を契機に、無駄な税金はびた一文払ってやるもんかと「脱クルマ、タバコ、酒」宣言をする。その結果、健康な自転車マニアに。例年、ツール・ド・フランスの開催期間中は仕事をしない。今では森さんの失言に感謝している。 |














