軟式野球ボール、通称「軟球」の表面からあの懐かしい“ぽこぽこディンプル”が消えてしまった。その科学的理由を解き明かすために、尼崎太郎は神奈川県平塚市にある東海大学工学部機械工学科の青木克巳教授をたずねた。彼こそが“新軟球”開発のキーマンである。取材を続けていく中、青木教授は“謎の言葉”を放った。


軟球からディンプルが消えたナゾを解くカギ、『マグヌス効果』

 「打球をより遠くへ飛ばす上で、最も大切なことは何か……それは『マグヌス効果』です」

 マ、マグヌスって何だぁ?

 そんな尼崎太郎の心の叫びに答えるかのように、青木教授はおもむろに次のスライドを壁に映し出し、説明を始めた。

 「左が表面に何もないつるつるのボール、右がディンプルのあるボールです。空気の流れ方が全く違うでしょう?」(青木教授)

 本当だ! 全然ちがう!!

 「この写真のように、表面にディンプルのあるボールに回転を与えると、マグヌス効果により揚力が与えられます。しかし、表面に何もないボールだと、マグヌス効果は得られず、すぐに落ちてしまうのです」

表面がつるつるのボール(Smooth:左)と、あたかもゴルフボールのように表面にディンプルがあり縫い目はないボール(TypeD:右)の2つのボールが、空気中を左方向に進んでいる時の、ボールの周囲の空気の流れを火花で可視化した写真。つるつるのボールの方は下向きの力が働き、すぐに落ちてしまう(資料提供=青木克巳教授)

 な、なんと、この「マグヌス効果」こそが、ゴルフボールや軟式野球ボールをより遠くに飛ばそうとした時に、ボールの表面にあのぽこぽこディンプルを入れなければならなかった“科学的根拠”だったのだ!

 ちなみに青木教授の資料によると、200mの飛距離を得られるゴルフボールの表面をつるつるにすると、100mも飛ばなくなるという。

 恐るべし、ぽこぽこディンプルの実力!……って、おいおい、科学大好きな尼崎太郎としては、手放しに喜んでる場合じゃないよ。そもそも、なぜディンプルのあるボールに回転を与えると揚力が生まれるのか、つまり、マグヌス効果の中身の科学的説明がまだやんけぇ~!(尼崎太郎は、興奮すると関西弁……っていよりもアマ弁になります)

 しかも、青木教授の解説によると、カーブもシュートもスライダーもシンカーも、事もあろうかストレートまで、この「マグヌス効果」によって実現されているのだという。言い方を変えるなら、先に解説した非回転系のボール以外のボールすべて、すなわち、フォークやナックル以外の球種はすべて、この「マグヌス効果」によって実現されているのだそうだ……って、ホンマかいな?

 再び、そんな尼崎太郎の心の叫びが聞こえたかのごとく、青木教授はいきなり次のスライドを映写した。そして変わらぬダンディな語り口で、マグヌス効果についての講義を始めた……。


ボールの上下で生じる空気の圧力差がマグヌス効果の“正体”

 では、青木教授の解説をもとに、マグヌス効果について、打球と投球の2つのカテゴリーに分けて説明してみよう。

 まずは、今回のモデルチェンジの最大の目的の1つにかかわる「飛距離のある打球(斜め上方向に打ち放たれた打球)」について。「打ったボールがより遠くへ飛ぶように」という目的を考えて、ボールの上半分を打ってしまい、ぼてぼてのゴロになるような打球は外す。つまりここで話題にするのは、ピッチャーが投げてきたボールのほんのわずか下を「水平に」または「打ち下ろす」ような感じで打った時の飛球に限る。すなわち、飛んで行くボールの進行方向側の面が下から上へと回転しているケースである。

 さて、先に紹介した「マグヌス効果」のイラストを見てほしい。

これがマグヌス効果だ!

 この時、ボールに触れている空気は、ボール表面のディンプルの影響を受けて、ボールの回転に沿う形で引きずられることになる。そのため、増速側(ボールの回転方向と空気の流れの方向とが一致する側。イラストでは上部)では、空気の流れる速度がアップする。一方、減速側(ボールの回転方向と空気の流れの方向が逆になる側。イラストでは下部)では、逆に空気の流れる速度がダウンする。これにより、ボールの上部と下部とで空気の圧力に“差”が生まれるのだ。

 この圧力の差によって、ボールに対して真上の方向に力が働く。これこそが「マグヌス効果」である。打球にとって上方向の力とは、「揚力」、つまりボールを上へ上へと引き揚げる力のこと。このマグヌス効果により、打球は重力に抗(あらが)うような形でなかなか落ちず、より遠くまで飛ぶことになるのだ。


カーブやシュートもマグヌス効果で一発解明!

 さて、次に“投球”について考えてみよう。

 もう、お分かりだろう。打球の場合は、ヒット性の打球に話題を限ったので「進行方向側の面が下から上へ回転」した場合に、マグヌス効果のことを「進行方向に対して垂直に上方向に力が与えられる」と表現したが、投球ではこの「上下限定」の設定をなくして考えればよいだけである。

 例えばピッチャーがボールを投げる時、“上”から見て時計回りに回転させて投げれば、ボールにはマグヌス効果により右方向に引っ張られるように力が加わり、ボールは重力に従って自然に落ちながら、右に曲がっていく。逆に、“上”から見て反時計回りに回転させて投げれば、ボールは自然に落ちながらも左に曲がってゆく。

 そして、ボールを“横”から見て時計回りに回転させて投げれば、打球の時と同じように、投球にも「マグヌス効果」によって揚力が与えられ、ボールは重力に抗って落ちにくいままキャッチャーミットにおさまる……つまり、真っ直ぐな「ストレート」となるのである。

 この「マグヌス効果」がものすんごいときには、阪神タイガースの……いや、日本球界を代表する守護神・藤川球児のえげつないストレートのように、「真っ直ぐ」どころか「ホップ」、つまり、打者の手元で浮き上がるように見えるのだ。

(※筆者注:硬式野球のボールにディンプルはないが、縫い目によって「マグヌス効果」が得られるのだという。ちなみに、尼崎太郎は全国ネットでも「阪神タイガースの地元、尼崎の商店街では……」と頻繁に紹介される猛虎たちの地元「尼崎」出身なので、豪腕直球勝負投手の例として当然「藤川球児」を挙げたが、他球団のファンのみなさんは、ここの「藤川球児」のところにお好きな投手の名前をお入れくださって結構です)

 こうして、科学的な観点から、ディンプルが「打球の飛び」と「投球の変化」に関係していることが分かった。

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