「東京ゲームショウ」10周年を記念して、第一線で活躍されてきた各クリエイターに「ゲーム業界の10年」をテーマにインタビュー。前回に引き続き、プロペの中裕司社長に話をうかがった。


チャレンジが止まってしまった10年だった

「この10年はチャレンジが止まってしまっています」と話すプロペの中裕司社長

――「ファンタシースターオンライン」は、多くの人から評価されました。

中裕司氏:2001年の東京ゲームショウで、「日本ゲーム大賞」という賞を「ファンタシースターオンライン」がいただきました。このときは「ファイナルファンタジー」「ドラゴンクエスト」「ゼルダ」などがエントリーされていて、ステージに大御所3人がいらして、そこに僕がいた。「絶対僕じゃないな」と思っていたので、名前を呼ばれた瞬間きょとんとしてしまいました。

――ゲーム業界の人たちはあの作品が革新的だったことが分かっていたんですね。

中氏:あそこで「ドラゴンクエスト」を選ばなかったことで、すごくいい業界だと思いましたし、「日本ゲーム大賞」ってのはすごくいいなぁと僕は思いましたね。未来を作っているという意味で評価していただいた。

 今、ものすごく時代が進化していってるのに、ゲーム業界にはチャレンジする人がそれほど多くないんです。どうしてもハードウエアを作るのにお金がかかるので、この10年はチャレンジが止まってしまっています。その前の10年の方が、常に革新的なものがあって面白かった。そんな中で、僕はいろいろなチャレンジができたので、かなり満足のいく10年間だったと思いますね。

――業界に対して、つねにインパクトを与えてらっしゃいますよね。

中氏:日本ではあまり儲かってませんが、それはすごく疑問なんです。ワールドワイドではすごく売れていたりするんですけどね。僕は91〜94年の間にアメリカに住んで「ソニック」を作っていますので、それの影響で欧米人気質みたいな判断になっているのかもしれません。そもそも日本をターゲットにゲームを作ることはなくて、ワールドワイドしか見ていない。

 「ナイツ」のとき、海外の人々が「感動したよ」とか「泣いたよ」と言ってくれた。これまで22年間で30本、40本のタイトルを作ってますけど、そういうコメントが聞けたことはほとんどない。「そんなことができるのか?」というところにチャレンジしていたので、そういう意味ではナイツをやらせていただいて、100万本の売り上げでしたがすごく良かったかな。

――日本では続編が多いですよね。

中氏:「寅さん」だなぁって思います。僕は「寅さん」よりもハリウッド映画の方がいい。バンバン違うものを作ってくるじゃないですか。そういう新しい作品を楽しんでいただけるようなゲーム業界にしていきたいですね。

 今、クリエーターがタイトルを“日本向け”に作られているので、日本のゲームが海外で全く売れなくなってしまったんです。思いっきり負けてしまっています。ワールドワイドの視点でものをきちんと作っている人は、日本では一握りですね。

――でも続編が求められるのも事実。

中氏:僕自身が手がけてきた作品が多く、その続編を求める声がある。それに対して、もう僕自身がかかわらなくても部下たちがきちっと作れる状態になった。そう判断して、僕も40歳になりましたし、独立させていただきました。

 「ソニック」がいまだにワールドワイドで売れ続けている状態ですので、「ソニックを超える」と言ったら変ですが、それと肩を並べられるようなものを作りたい。ディズニーで言うなら、ミッキーがいて、プーさんがいて、いろいろ取りそろえている状態。ゲーム業界には、マリオとソニックぐらいしかいなかったりするじゃないですか。もう少しそういったものが作れたらなぁと思います。

NEXT “次世代機”はもっと違う魅力が出せるんじゃないかな?