科学が大好きなワタクシ尼崎太郎は、2006年7月10日にカネボウフーズから発売された男性向けフレグランスガム「オトコ香る。」に“科学の目”で迫ろうと思い立つ。そして発売直前の某日、大阪府高槻市にある同社研究所を訪れ、「からだから香るガム&キャンディ」の開発プロジェクトチームのリーダーである小林正志統括マネージャーに話を聞いた

「ここが研究室です」と指さすカネボウフーズ食品研究所の小林正志統括マネージャー

 加齢臭の気になる年頃の男性の肌から、かむとバラの香りをほのかに発するという、何とも大胆な発想のガム「オトコ香る。」は、昨年8月下旬に発売された女性向けフレグランス・ガム&キャンディ「フワリンカ」がベースとなっている。

 そもそも「フワリンカ」自体の開発は、企画会議で追いつめられた一人の女性研究者が、「このガムは、カラダからも香ります!」と言ってしまったことに端を発する。言っちゃったものは仕方がない。とにかくそのアイデアを実現すべく、彼女の上司だった小林は独自に調査を開始。そしてようやく、元名古屋工業大学教授(現・ピコデバイス取締役)の津田孝雄博士の研究から、少なくともアンモニアやアルコールが肌から出ることをつかむ。

かめば1〜2時間後にカラダからバラの香りが匂い立つ「オトコ香る。」

 同社の本体だったカネボウが産業再生機構の支援を受けたことも、「フワリンカ」開発にとってはむしろ“追い風”となったに違いない。並の商品ではない、会社立て直しに貢献するだけのインパクトのある、“ヒット商品”が求められていたからだ。

 2004年春、新体制がスタートするのに伴い、社内には「SWATチーム」というプロジェクト・チームが結成された。そのミッションは、「1年間で売り上げ10億円以上の商品を開発すること」。そこで小林らは「カラダから香るフレグランス・ガム」を提案、津田孝雄博士に共同研究を依頼する。同年6月からテストをくり返し、同年8月、ついに小林らはカラダから汗と一緒ににおいの出やすい“成分”の特定に成功した。

 それは、バラの香りの「ゲラニオール」とバニラの香りの「バニリン」だった。

 香気成分は決まった。だがそれは、研究のほんの始まりでしかなかった……。


香気成分の決定は開発の序章、最後の香りは“相性”で決まった

 『最新 香料の事典』(朝倉書店発行)によれば、先の2つの香気成分は次のように説明されている。

 「ゲラニオール(Geraniol) バラ様香気の無色液体。多くの植物精油中に存在。バラ系調合香料の主体である。シトラス、フルーツなどのフレーバーにも用いられる」

 「バニリン(Vanillin) バニラ特有の香気の白色〜微黄色結晶。バニラ豆、安息香など多くの精油中に存在。保留剤、変調剤、調和剤として広く用いられる。バニラフレーバーとして大量に用いられる」

 なるほど、こうしてみると2つともいわゆるメジャーな香気成分のようだ。そうなると、あとはとんとん拍子に……と思えてしまう。ところが、小林は「いえいえ、そこからが大変だったんですよ」と首を振った。

「本当に大変だったのは、カラダから出る香気成分を決めてからなんですよ」と小林統括マネージャーは明かす

 カラダから出る香気成分、つまり“肌”から出るほのかな香りについては、空気中に漂うかすかなにおいとして鼻で嗅ぎ取るだけなので、さしたる問題はなかった。ところが、口の中で香ること……すなわち“味”については、そう簡単にはいかなかった。

 ゲラニオールであれ、バニリンであれ、1つの味(香り)だけが目立つと甘ったるくなてしまう。そこで、イチゴやライチ、あるいは柑橘系の香りなどを隠し味的に配合し、バランスのとれた味に仕上げるのだが、これがなかなか難しい作業なのだという。

 「どの香気成分も、同じように口の中で発現するわけじゃないんです。口に入れて最初に出てくるけれど、すぐになくなるものもあれば、そのまま残るものもあります。後から香ってくるものもあります」(小林マネージャー)

 加えて、香気成分同士の“相性”もある。1つひとつではいい香りでも、いざ合わせてみると「気持ち悪くなっちゃうこともあります」(小林マネージャー)。結局、この“味”の配合に関しては、小林ら研究者が実際にかむなりなめるなりして、これまで積み重ねてきた経験則から練り上げていくしかなかった。

 しかし、話はそれだけでは済まなかった。

 たとえ口の中で香る“味”の条件をクリアしたとしても、今度はその香りを付けるお菓子の“形態と特徴”との“相性”を見なければならないのだという。その結果、フワリンカは「味と香りは別」という複雑な性格を持つようになったのである。


あれれ……味はバラなのに香りはバニラ!?

 まずは、「フワリンカ」のガムとキャンディそれぞれのパッケージを見てほしい。ガムもキャンディも「フルーティローズ」すなわちバラ味と、「フレッシュシトラス」すなわちレモン味に別れている。当然、カラダから放たれる香りも、それぞれパッケージ応じて、バラの香りとレモンの香りがする、と思うだろう。

「フワリンカ」のガムとキャンディ

 あれ、レモン味のキャンディだって? でも、においはバニラじゃないの?……そこに気付いた人は鋭い! そう、味とカラダから発する香りが違うのだ。

 では、食べたあと、カラダから放たれる香りについてはどうかというと、実は、パッケージのイラストとは関係なく、ガム・タイプは2つともゲラニオール中心、すなわちバラの香りがするのだ。そしてキャンディ・タイプは、2つともバニリンすなわちバニラの香りなのである。言い方を変えれば、カラダからバラの香りを漂わせたければガムをかみ、バニラの香りを漂わせたければキャンディをなめるべきなのだ!

「フワリンカ」の味とカラダから発する香りの関係
種類 ガム キャンディ
パッケージ フルーティローズ フレッシュシトラス フルーティローズ フレッシュシトラス
バラ レモン バラ レモン
香り バラ バラ バニラ バニラ
「フワリンカ」のガム、キャンディについて、味をカラダから香るにおいの関係を表にまとめた。これによると、味と香りが一致するのは「フルーティローズのガム」ということになる

 しかし、なぜこんなややこしいことになったのだろうか? 小林はこう答える。

 「ガムのようにクチュクチュするもの、口の中での持続時間が長いものにバニリンをたくさん入れると、香りがきつくなりすぎてしまいます。また、ガムという形態にまとめるためには、バニリンよりもゲラニオールの方が適しているのです」


「なんだ、普通じゃないか」、経営者は鈍い反応

 こうして2004年3月、ついに“カラダから香る”という画期的な新商品は完成した。2004年春に「年商10億円の商品」を目指して開発をスタートさせてから、およそ1年の歳月が流れていた。小林らは満を持して「フワリンカ」を開発会議に提出した。

 ところが、会議に出席していた経営陣たちからの反応は鈍かった。からだからの香りを嗅いだ経営陣たちからは「なんだ、普通じゃないか」という感想が返ってきた。「もっとプンプン匂うというイメージを持っていたようでした。でも、実際の商品はそういうものではなかった」と小林は当時を振り返る。

 小林ら研究者にとっては、“ほのかに香る”ことにこそ魅力があり、何よりお菓子としての美味しさとのバランスを考えれば、これ以上、香気成分を増やすことはできなかった。

 社内での評価をあまり得られないままではあったが、2005年8月下旬、「フワリンカ」は無事発売に漕ぎ着けた。

 初年度の売り上げ目標は「10億円」ではなく、「4億円」と低く設定された。その売り上げでさえ、危ぶむ声が多かったという。

 ところがこの社内の予想は、大きく裏切られることになる。

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