経済産業省がこの夏に企画していた「セキュリティ甲子園」が延期になった。この背景には何があったのか?


 経済産業省は、8月11日、12日に予定していた「セキュリティ甲子園」の1年延期を決めた。セキュリティ甲子園とは、コンピュータやネットワークの知識や技術に精通した若者を発掘して、優秀な技術者に育てることを目的に、経済産業省が企画したもの。全国の高校生、専門学校生が学校単位でチームを作り、お互いのサーバーに侵入する腕前を競い合う。優勝者は国費で米国の大学への留学資格を得ることができる。

 開催のニュースを聞いたときは、このような素敵なイベントを企画した経済産業省に「なかなかやるじゃん!」と心の中で拍手を送ったものだ。だが、大変残念なことに延期が決まってしまった。理由は、「不正行為技術を奨励する催しを政府主催でやるとは何ごとか!」、「学校のセキュリティが破られたら困る」、「防衛庁がハッキングされたらどうするか」(いずれも新聞記事からの抜粋)という批判が多数寄せられたためだという。


「セキュリティ甲子園」の募集要項には、迫力のある「挑戦状」が描かれていた。残念ながら、それが撤回されてしまった形だ

 「防衛庁が~」という意見は、あまりに飛躍して突飛に感じるが、批判する人の気持ちも概ね分からないでもない。僕の友人で埼玉県の私立高校で事務責任者をやっている男がいるのだが、学校におけるネットワーク運用の実態を聞くにつれ、大変だなあと思う。パソコンができるという理由で選ばれた先生が、ほとんどボランティアで、サーバーやネットワークの管理を任され、日々奮闘している例が多々あるそうだ。

 セキュリティに関する専門知識を持った先生はそれほど多くないだろう。そういった先生方からしてみれば、今回のイベントは、ただでさえ、脆弱な学校ネットワークのセキュリティ問題に関して、さらなる問題の種をばらまく行為と映るのだろう。実際、そういった先生方からの意見が多数寄せられたらしい。

 また、一般の人からすれば、“コンピュータに侵入する技術を競うイベント”と聞くと、例えて言うならドロボーの錠前破りイベントのような印象を与えるのかもしれない。政府が犯罪者育成に荷担するとは何ごとぞ!というわけだ。

 とはいえ、今回はすでに86校の応募があったという。僕が想像するに、この86校の先生は、諸々の主旨や問題を理解した上での参加希望であろうし、これらの学校には、トレーニングに必要な環境が整っているのだろう。学生達は、腕試しができて、それが評価される場が与えられることで、燃えていたはずだ。若い才能の開花が遅れるかと思うと、やはり残念な面が大きい。

 それにしても、経済産業省の発表した延期リリース文(http://www.jipdec.jp/chosa/koushien2003/)を読むとと、弱腰というか、波風を立てたくない姿勢が見て取れて、ちょっとばかり情けない。

 <本競技会の趣旨は、情報技術に高いスキルと関心を有する若者が、セキュリティ技術の実態を学ぶとともに、その向上のために腕を磨き、競いあうことを目的としたものであります。>と、立派な主旨を掲げているのだし、IT立国たるべく優秀な技術をもった若者を育てたいという思いがあっての企画だろうから、何故にその信念を貫けないものか。説明努力をせい!と言いたくなるのは僕だけではないだろう。

●語法の誤りもイメージ悪化を招いた

 最後に、朝日新聞、読売新聞、日経新聞、放送局各社といったマスコミにも苦言を呈したい。今回、「ハッカー」という言葉が正確な意味で使われてこなかった現実も、問題を大きくしたと思っている。

 そもそも「ハッカー」とは、「コンピュータのネットワーク技術について並はずれた知識を持つ人」のことを指す。知識を悪用して不正アクセスなどをはたらくユーザーは「クラッカー」と呼ばれ、区別されている。

 しかし、2000年1月に起こった官庁ホームページの不正改ざん事件を始め、不正アクセス事件がおこるごとに、マスコミ各社は「ハッカー」という言葉を見出しに用いてきた。そのため、ハッカー=悪人という間違った用法を読者に擦りこんでしまったのだ。それにも関わらず、今回のような技術を競うイベントを紹介する記事でも「ハッカーのコンテスト」などと書いてしまう。これでは、読者が好意的に捉えるはずがない。言葉を誤用しておいて、その態度を改めようとしないマスコミの姿勢にはあきれる。

 なお、今回の騒動では「日本ではハッカーは悪人だが、本来は高い技術をもった技術者をさす(山崎による大意)」という注釈を付けている記事もあった。だったら、事件報道で「ハッカー」という言葉を使うなといいたい。

 私事で恐縮だが、僕も以前は「ハッカー」という言葉を間違って使ったことがある。だが、誤用に気づいてからは使っていない。

 今回の騒動も、普段から正しい言葉遣いがされていれば、もう少しなんとかなったのでは、と思うのだ。


筆者紹介山崎潤一郎yamasaki@geomet.gr.jp
1957年生まれ 蟹座のO型。本職は音楽制作会社のディレクターだが、インターネットに興味を持ち、ひょんなことからプロバイダーを評価する書籍を執筆。以来ネット系のライター稼業にも精をだす毎日が続いている。週刊アスキー、インターネットマガジン等に執筆。近著に『株の買い方・売り方が面白いほどわかる本』『稼げるIT資格親切ガイド(共著)』(中経出版刊)がある。 西日本新聞 「デジタルQ」連載「また買ってしまった」、Yahoo! Internet Guide連載「高速インターネット入門」も好評連載中。